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土浦の川口
つちうらのかこう |
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作品ID | 4497 |
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著者 | 長塚 節 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店 1977(昭和52)年1月31日 |
初出 | 「馬醉木 第九號」1904(明治37)年2月27日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 今井忠夫 |
公開 / 更新 | 2004-04-08 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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冬とはいふものゝまだ霜の下りるのも稀な十一月の十八日、土浦へついたのはその夕方であつた、狹苦しい間口でワカサギの串を裂いて居る爺はあるが、いつもの如く火を煽つてはワカサギを燒いて居るものは一人も見えないので物足らず淋しい川口を一廻りして、舟を泛べるのに便利のよさゝうな家をと思つて見掛けも見憎くゝない三階作りの宿屋へ腰を卸した、導かれて通つたのは三階ではなくて、風呂と便所との脇を行止まりの曲つた中二階のどん底である、なまめいた女が代り/\に出て來る、風呂から上つて窓に吹き込む風に吹かれつゝ居ると、ぢき目の先の青苔の生えた瓦屋根の上からまん丸な月が二三間上つた、案じたやうではなくいかにも冴々として障りになる雲も手を擴げない、命じておいた船が來たといふ知らせに急いで下りて見ると宿の前に繋いである、舳の方には空籠が積んであつて余の坐る所には四布蒲團が一枚乘せてある、舟は川口の狹い流をずん/\進んで二丁も出ればもう霞が浦の入江になるのである、
「旦那寒いからその蒲團へくるまつた方がようがすぜ、冲へ出ると寒いから
と船頭に注意されたので、余はなんといふことはなしに蒲團にくるまつたが、薄つぺらな而かも強張つた四布蒲團は滿足に體を掩ふことはできない、舟は月に向つて漕いて居るのでばしやり/\とぶつかる波によつて碎かれつゝある月の光は舳にくつゝいて離れない、月の下には怪しげな雲が立つて居る、
「旦那、あのお月さまの中にあるなあ何ンだんべえな、兎が餅を搗いて居るなんて云ふが、俺がにやどうも解らねえが
と船頭は出し拔けに奇問を發した、余はそれは火山の跡であるといふやうなことを平易に話して聞かせたのであるが、彼は解したのか解しないのか默つてしまつた、だん/\進んで見るから茫々たるあたりへ行つた時彼は船底の棹を取つてしばらく突張つて居たが、眞菰の枯れたのが漂ふやうに浮いて居る淺瀬へその棹を突立てゝ舟の小べりを繋いた、さうして彼は足下に疊んであつたどてらを引つ掛けて坐つて仕舞つた、舟は波のために搖られて舳がそろ/\廻轉するので今まで月に向つて居た船頭は背中を向けるやうになつて仕舞つた、舟はもはや舳艫の位置を變じた儘姿勢を保つてゆらり/\と搖れて居る、バツと擦つた燐寸の火で船頭の容貌が見られた。五十ばかりの皺の刻み込んだ丈夫相な親爺である、燐寸の火が吹き消されて水の上に捨てられた時は彼の鼻先に突出した煙管の雁首に一點の紅を認めるのみで相對して默して居た、余は先づ口を開いて彼の常職である所の漁業のことに就いて聞いた、土浦の名物なるワカサギやサクラ蝦は皆土浦から出る船の收獲であるか否かと問ふと、彼は吸殼をふつと掌に拔いてその火によつて再び煙草を吸ひ付けながら云つた、
「どうして/\九分通り外だ、土浦のものなんざアみんな舟で買つて來るんだ、ワカサギかワカサギはダイトクモツコで捕るんだ、地曳…