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犬の八公
いぬのはちこう
作品ID45055
著者豊島 与志雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「童話」コドモ社、1926(大正15)年7月
入力者菅野朋子
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-01-21 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 或る山奥の村に、八太郎といふ独者がゐました。呑気な男で、皆のやうに一生懸命に働いてお金をためることなんか、知りもしないし考へもしないで、のらくらとその日その日を送つてゐました。食物がなくなると、日傭稼ぎに出たり、遠い町へ使ひに行つたりして、僅かの賃金を貰つてきて、それで暮してゐました。
 その八太郎が、或る日、やはり遠い町へ使に行つた時のことです。用を済してぼんやり帰りかけると町外れの木の下に、白と黒との小さな子犬が二匹、一つ処にかたまつて、くんくん泣いてゐました。雨が少し降りだしてゐまして、その雨の雫が木から落ちかゝる度に、二匹の子犬はさも悲しさうに泣きたてるのです。
 八太郎は暫くつゝ立つて、不思議さうに子犬を見てゐました。彼の山奥の村には、まだ犬が一匹もゐませんでしたから、彼にはその子犬が珍らしかつたのです。
 すると子犬は、くんくん泣きながら、彼の足元に寄つてきました。
「捨てられたんだな。可哀さうだなあ。……俺が拾つていつてやらう。」
 八太郎はさう独語を云つて、二匹の子犬を拾ひ上げて、懐の中に入れてやりました。子犬は温い懐の中で、嬉しがつて鼻を鳴らしました。
「よしよし、俺が育てゝやる。」
 八太郎は雨の降る中を、傘もさゝずに、二匹の子犬を懐の中に抱いて、山奥の村へ帰つて行きました。


 八太郎が子犬を二匹拾つて来たことは、すぐに村中の評判になりました。前に言つた通り、まだ犬なんか一匹もゐない村でした。
「あんな貧乏な八太郎が、犬なんか拾つてきてどうするのだらう。」と或る者は云ひました。
「犬なんて、金持か町人かの慰み物だのにね。」と或る者は云ひました。
「呑気者のすることは違つたものだ。今に自分も犬と一緒に腹を空かすやうになるまでさ。」と或る者は言ひました。
 然し八太郎は一向平気でした。その白と黒との二匹の子犬が、まるまると肥つて、ふざけ散らしてるのを見て、さも嬉しさうに笑つてゐました。村の子供達がまた始終、犬を見にやつて来ました。そしていろんな食べ物を持つてきてくれました。八太郎は犬のために特別に働かなくても済みました。
 犬は見る見るうちに大きくなり、一年二年たつともう立派な親犬になりました。一匹のが男で、一匹のが女でした。そして、二年目の末には、女犬が四匹子供を産みました。
 八太郎はびつくりしました。
「ほう、一度に四匹も産むのかな。」
 子犬は四匹とも、元気に丈夫に育ちました。
 ところが、それからが大変です。親犬は一年に二度づゝ、一度に四匹も五匹も、子供を産みました。子犬もやがて親犬になつて、それがまた子供を産み初めました。八太郎の家はもう犬で一杯で、わんわん、くんくん、吠えたり鳴いたり、喧嘩したりふざけたり、大変な騒ぎでした。
 村の人達は呆れ返りました。彼のことを八太郎といふ者はなく、いつのまにか犬の八公といふやうに…

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