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木曽の一平
きそのいっぺい |
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作品ID | 45059 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版 1977(昭和52)年11月20日 |
初出 | 「幼年倶楽部」1942(昭和17)年9月 |
入力者 | 菅野朋子 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2012-02-01 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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むかし、木曾の山里に、一助といふ年とつたきこりがゐました。
一助のところに、一平といふ若者がゐました。一助の孫で、両親に早く死なれて、一助のてつだひをしてをりました。
一助と一平とは、いつも仲よく、山へ薪をとりに出かけ、その薪を町へ売りに出かけました。
ところが、ときどき、一助はへんなことをいひだしました。
「わしは、どうしても、手づかみでとつた大きな鯉が、たべたくなつた。幾日かかつてもよいから、大きな鯉を、手づかみでとつてきてはくれまいか。」
一平は答へました。
「はい、とつてきませう。」
一平は、お祖父さんの一助に、たいへん孝行です。
一平は川へ出かけて行きました。
ところが、大きな鯉を手づかみでとることは、なかなかよういではありません。川の中を歩きまはり、深いところは泳いだり水にもぐつたりして、大きな鯉をさがしました。そして見つかると、手でつかまへようとしますが、鯉はするりと逃げてしまひます。
一平は、毎日毎日、川へ出かけて行きました。
たうとう、ある日、大きな鯉を、手づかみでとることができました。
一助は山から帰つて来て、一平の肩をたたいてほめました。
「えらい、えらい。こんな鯉を手づかみにするとは、日本一の若者だ。」
一助はその鯉を料理して、一平といつしよにたべました。
一平はまた毎日、一助について、山へ薪をとりに出かけました。
ところが、あるとき、一助はまたいひだしました。
「わしは、どうしても、手づかみでとつた兎が、たべたくなつた。幾日かかつてもよいから、兎を一匹、手づかみでとつてきてはくれまいか。」
一平は答へました。
「はい、とつてきませう。」
そして一平は、野や山へ、兎をさがしに出かけて行きました。
ところが、兎を手づかみでつかまへるのは、鯉をつかまへるより、いつそうむづかしいことでした。せつかく兎を見つけても、兎はす早く逃げてしまひ、隠れてしまひますので、どうにもしやうがありません。
それでも一平は、毎日毎日、野や山へ出かけて行き、兎を見つけては追つかけました。ころんだり、崖からおちたりして、怪我をすることもありました。
たうとう、ある日、兎を一匹、手でとらへることができました。
一助は、一平の肩をたたいてほめました。
「えらい、えらい。兎を手づかみでとらへるとは、日本一の若者だ。」
そんなことが、たびたびありまして、一平はもう、すぐれた若者となりました。きこりをしてゐますから力が強いうへに、水にもぐつたり泳いだりすることもじやうずだし、木に登ることもじやうずだし、山坂をかけまはることもじやうずでした。
その一平をつれて、一助は、山へ薪をとりに出かけながら、うれしさうに話しかけました。
「お前はもう、日本一のりつぱな若者だ。だが、山奥で、大きな熊に出あつたら、どうするかね。」
一平はすぐ…