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市郎の店
いちろうのみせ
作品ID45065
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「國民六年生」1942(昭和17)年1月
入力者菅野朋子
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-08 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 ある港町の、港と停車場との間の、にぎやかな街路に、市郎の店はありました。店といっても街路の上の屋台の夜店で、その夜店のほんのかたはしなのです。
 そのへんは、船や汽車の旅人がたくさんゆききするところで、また、町の人がたくさんであるくところです。それで、夜になると、いろいろな夜店がたちならびました。
 市郎の夜店は、市郎のお母さんが出していたものです。いろいろな絵葉書や絵本や玩具などを売っていました。ところが、お母さんが病気になって、夜店に出られなくなりましたので、夜店仲間の、あるおかみさんに、一時そこを預ってもらっているのでした。市郎のお父さんはもう亡くなっていました。
 その夜店のかたはしに、市郎は自分の貝殻を並べたがりました。
「お母さんの店だから、僕が自分の品物を出しといて、監督に行くんだよ。」と市郎はいいました。
 お母さんは弱々しい咳をしながら、頬で笑い、眼でにらんで、いいました。
「生意気なことをいうもんじゃありません。」
 それでも、市郎がしきりに夜店に出たがりますので、お母さんは、店を預ってるおかみさんと相談して、土曜日と日曜日との晩だけなら――とゆるしてくれました。
 市郎は額をたたいて、得意になりました。もう一人前の大人になった気がしました。そして土曜日の晩と日曜日の晩、夜店のかたはしに多くの貝殻を並べて、そこにがんばっていました。
 その貝殻というのは、船乗りをしているおじさんからもらったものでした。市郎は小さい時から、外を遊びあるくのがすきで、メンコやベーゴマの遊びなどにふけって、お母さんにたびたび小言をいわれました。それから、船乗りをしているおじさんの話をきき、珊瑚礁のことや貝殻ばかりの浜辺のことなどをきいてからは、メンコやベーゴマよりも、いろいろな貝殻を集めるのが面白くなりました。おじさんは南洋方面へ行く貨物船に乗りこんでいましたので、市郎に頼まれるとさまざまの貝殻を持ってきてくれました。
 平たいのや円いのや尖ったのや、大きいのや小さいのや、白いのや赤いのや、青いのや緑のや、いろんな模様のはいってるのや、実にさまざまなものでした。
 市郎はそれらを眺めて、世界各地の海のことを想像するのでした。
 その貝殻が、もし売れてしまっても、代りの貝殻はまだたくさん、おじさんに頼んであるのです。
 土曜日の晩と日曜日の晩、市郎は、店を預っているおばさんの横に、小さな腰掛に坐って、本を読むふうをしながら、貝殻を買うお客を待ちました。けれど、誰も声をかけてくれる者はありませんでした。
 おばさんの方の絵葉書や玩具はよく売れました。
 おばさんは店を片附けながらいいました。
「市ちゃんの大事な貝殻だものね。やたらに売らない方がいいよ。」
 市郎は腕を組んで顔をしかめました。
 次の土曜日と日曜日も、同じことでした。ぞろぞろ通る人はたくさんあ…

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