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![]() しいのき |
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作品ID | 45066 |
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著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版 1977(昭和52)年11月20日 |
初出 | 「赤とんぼ」実業之日本社、1946(昭和21)年4月 |
入力者 | 菅野朋子 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2012-03-05 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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がけの上のひろい庭に、大きな椎の木がありました。何百年たったかわからない、古い大きな木でした。根かぶが張りひろがり、幹がまっすぐにつき立ち、頂の方は、古枝が枯れ落ちて、新たな小枝がこんもりと茂っていました。朝日がさすと、若葉がさわさわと波だち、椋鳥や雀がなきたてました。
春さきのこと、あたたかいそよ風が吹いて、この椎の木も笑ってるようでした。
その根もとに、二匹の鼠がかけまわっていました。小さいのが、根のはりだしたかげにかくれていますと、大きいのが、とびついてきます。とたんに、小さいのは逃げだして、根かぶの向うがわにまわります。大きいのは追っかけてゆきます。小さいのはまた逃げだします。そして、根のまわりをぐるぐるまわったり、立ちどまって相手のようすをうかがったり、逆にまわったりします。
そのうちに、こんどは大きいのが逃げ、小さいのが追っかけます。
鬼ごっこをして遊んでるのでした。
ところが、大きいのが、何かのけはいを感じて、じっと立ちどまりました。小さいのがとびついてきても、身動きもせず、ふりむきもせず、あちらを見つめています。首をすこしかしげ、耳をたて、長い尾をぴんと伸ばしています。
――なんだか、あやしいぞ。どうもそうらしい。あ、そうだ。これはいけない。
大きい鼠は一声たてて、逃げだしました。小さい鼠もそれにつづきました。
そして二匹の鼠は、いっさんに、がけの下へかけおりて姿をかくしてしまいました。
そこへのっそりと、一匹の三毛猫がやって来ました。椎の木の根のあたりをうそうそとかぎまわりました。
――これはおかしいぞ、こんなところに、鼠がいるわけはないが、どうも鼠くさい。おれが退屈してるように、鼠も退屈して、こんなところへ出て来たのかな。それにしても、俺が来たからって、逃げなくてもいいんだがなあ。俺はちょっとふざけてみせるだけで、鼠なんか食やしない。猫はそのあたりをかぎまわって、それから、落葉の上にねそべりました。
――鼠でてこい、鼠でてこい。いっしょに遊ぼうよ。
そんなことをぼんやり考えながら、猫は眼をほそめて、うっとりと眠りかけました。春の日があたたかくさして、落葉の上はよい心地でした。
やがて、遠い人声に猫はすこし眼を開きました。
青い大空に、なにか一筋、ほそいものがかかっていました。たいへん高いようでもあれば、すぐ低いようでもありました。
猫ははっきり眼を開きました。
見ると、一筋の糸が、椎の木の上へのびていました。糸の先には、赤い絵のかいてある凧が、ふらりふらりとたぐりよせられていました。
椋鳥がとんでにげました。
凧はだんだん近くなりました。右にかたむき、左にかたむき、あぶなっかしいようすでしたが、にわかに、がくりとかたむいて、さかさまになりました。糸が椎の木の枝にひっかかったのです。そしてそのままたぐり…