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大菩薩峠
だいぼさつとうげ |
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作品ID | 4508 |
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副題 | 28 Oceanの巻 28 オーションのまき |
著者 | 中里 介山 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「大菩薩峠11」 ちくま文庫、筑摩書房 1996(平成8)年5月23日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 原田頌子 |
公開 / 更新 | 2004-03-26 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 119 ページ(500字/頁で計算) |
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今日から「Ocean の巻」と改めることに致しました。Ocean は申すまでもなく「大洋」のことであります。わざと英語を用いたのは気取ったのではありません。「大洋」とするよりも「海原」とするよりも「わだつみ」と言ってみるよりも、いっそこの方がこの巻にふさわしいような気持がするからであります。従来も「みちりや」と名附けてみたり「ピグミー」を出してみたりするのも、やはり同様で、ことさらに奇を弄するという次第ではありません。規模が大きいだけに、今後も思いがけない言葉が少しは飛び出すかも知れません。もし、不分明でしたら、不分明のままに飲み下しておいていただきましょう。「誦すべくして解すべからず」とすましておいた方がよろしいと思います。
一
駒井甚三郎と、田山白雲とが、九十九里の浜辺の波打際を、轡を並べて、馬を打たせておりました。
駒井は軽快な洋装に、韮山風の陣笠をかぶって、洋鞍に乗り、田山は和装、例の大刀を横たえた姿が、例によって奇妙な取合せであります。
それで二人は、九十九里の浜辺を、或いは轡を並べたり、或いは多少前後したりして、今でいえば午後三時頃の至極穏かな秋晴れの一日を、悠々として、馬を打たせ行くのであります。
天高く馬肥ゆといった注文通りに、一方には海闊くという偉大な景物を添えているのだから、二人の気象も、おのずから昂然として揚らざるを得ないような有様です。
「どうです、田山君、この辺の海は」
と、駒井甚三郎が海をながめて、少し後れた田山を顧みて言いました。
「海岸の風物が一変したら、海そのものまでも別のような感じがします」
と、田山白雲が答えました。
「そうですね、九十九里は全く別世界のような気がしますね、大東の岬以来、奇巌怪石というはおろか、ほとんど岩らしいものは見えないではありませんか、平沙渺漠として人煙を絶す、といった趣ですね」
「左様、小湊、片海あたりのように、あらゆる水の跳躍を見るというわけでもなし、お仙ころがしや、竜燈の松があるというわけでもなし――至極平凡を極めたものですね、海の水色までが南房のように蒼々として生きていません――沼の水のようです」
「しかし、この九十九里が飯岡の崎で尽きて、銚子の岬に至ると、また奇巌怪石の凡ならざるものがあります。それから先に、風濤の険悪を以て聞えたる鹿島灘があります。ただ九十九里だけが平々凡々たる海岸の風景。長汀曲浦と言いたいが、曲浦の趣はなくて、ただ長汀長汀ですから、単調を極めたものです」
「でも、不思議に飽きません。強烈にわれわれを魅するということはないが、倦厭して、唾棄し去るという風景でもありません。あるところで海を見ると、恐怖を感ずることもあれば、爽快に打たれることもある、広大に自失して悲哀を感ずることもないではないですが、この平凡なる九十九里の浜で、こうしてなんらの…