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千本木川
せんぼんぎがわ |
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作品ID | 45130 |
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著者 | 土田 耕平 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版 1977(昭和52)年11月20日 |
入力者 | 菅野朋子 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2011-08-26 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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裏の山から出て、私の村の中ほどをよこぎつて、湖水へ流れこむ川を、千本木川といひました。千本木川――どうして、そんな名まへがついたのでせう。私の幼いころの記憶では、川ぶちに目立つほどの木もなかつたと思ひましたが――
この千本木川の岸に沿つて、ほそい一すぢ道が湖水の岸までつづいてゐました。私はその道づたひに、歩いて行くのが好きでした。
川は葭の茂つた中にかくれてゐて、水の音ばかりが、どう/\ときこえました。幅一間ばかりの小川でしたが、瀬の早い荒川でした。湖水岸へ出る二町ばかり手前に、葭のきれめから水の流がのぞかれるところがあつて、そこは、早瀬が岩にせかれて、淵になつてゐました。
ある夏のあつい日のこと、私は、いつものとほり、川づたひのみちを、行きました。青くすんだ淵のいろを見ましたら、何だか水にひたつてみたくなつて、葭のあひだを分けて、下りて行きました。岩の上へ着物をぬいでおいて、水の中へ、一足ふみこみますと、水晶のやうなつめたい水が、ぞつとしみて、からだぢゆうの毛穴がひきしまるやうに、おもはれました。私は、こは/″\二足三足とふみこんで、丁度乳のあたりまで水がとどいたとき、淵のまん中に立ちました。あたりを見まはすと、高く葭が取りかこんで、頭の上に、ぢり/\焼きつけるやうな、お日さまがくるめいてゐました。
私は、ほんの二三分の間、淵の中に立つてゐたのでせうが、それはとても長い時間のやうに思はれました。きふに、逃げるやうにして、川岸へあがつてしまひました。
それから、私は毎日、淵へ行つては、ひたりました。はじめの恐さから、だん/\なれて、じぶんの一人あそびをたのしむやうになりました。
さうしていく日かたちました。ある日、はげしい雷雨のあつたつぎの日のこと、川づたひに行つてみますと、途中、葭の中からきこえる水の音が、恐ろしく地ひびきしてゐました。いつものところへ行つて、淵をのぞいて見ましたら――どうでせう、あの清らかにすんだ淵は、あとかたもなく、赤にごりした水が、大きな岩にかみつくやうにしてぶつかつてゐました。私はとても水に入る気にはなれず、ぼんやり立つたまゝ見てゐました。
それから、二日三日とたつうちに、水のかさも減り、赤にごりした色も落ちつきました。前よりも一そうすんで、きよらかな水になりました。
秋になつたのです。川岸の葭が穂に出て、涼しい風が、そよそよとしてゐました。もう水あそびする気にはなりませんでした。