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私の祖父
わたしのそふ
作品ID45136
著者土田 耕平
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-11-20 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 私は、幼いころのお父さん、お母さん、おばあさんの思ひ出は、はつきりしてをります中に、おぢいさんといふ人を少しも知りません。おぢいさんとはいつても、まだ四十二で亡くなつたのですから、私の生れるずつと先のことです。
 このおぢいさんは、大そうえらい人だつたと、私の子供のじぶん、誰彼にいひきかされました。
「なぜえらいのか。」
ときゝますと、
「大そう学問ができたから。」といふ返事をしてくれました。学問ができたからえらい、といふのでは、私は満足することができませんでした。
 少し大きくなつてから、私は、こんなことをきかされました。おぢいさんは、どんなときにも、手から本をはなしたことがなかつた。外へ出るときにも、きつと本をふところへ入れてゐた。本をよまないときには、何かぢつと考へこんでゐた。考へ/\道を歩いてゐるうちに、一里も歩いてしまつて、気がついてみたら、とんでもないところへ来てゐた――こんな話をきかされたときは、おぢいさんつて変な人だなと思ひました。さういふのがえらいのかな、などとも考へました。
 もう少し大きくなつてから、私はまたある人から、こんな話をきかされました。
 おぢいさんは、あるとき、文字の話をしたとき、
「わしは、うそ字なら知らぬ。ほんとの字で知らぬ字は一字もない。」
といつたさうです。この話は、私をかんしんさせませんでした。
「なまいきなおぢいさんだな。」
とおもひました。
 けれど、おぢいさんはまだ若くて死んだのだから、たまには、自慢もいつてみたのだらう、と後、大人になつてからは考へるやうになりました。
 私が幼かつたころ、二階の間には塵づいた漢籍が、山のやうにつんであつたことをおぼえてゐます。それがおぢいさんの読んだ本の、十分の一にも足らないといふのにはおどろきました。おぢいさんが亡くなつてから間もなく、私の家はおちぶれてしまひました。おぢいさんが心をこめてよんだ本も、大方、紙帳や壁などに貼られてしまつたのださうです。



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