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身代り
みがわり
作品ID45142
著者土田 耕平
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2013-09-03 / 2014-09-16
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 五月雨がしよぼ/\と降りつゞいて、うすら寒い日の夕方、三郎さんは、学校からかへつて、庭向きの室でおさらひをしてゐますと、物置の方で、
「三郎や、ちよいと来てごらん。」といふお母さんの声がしました。障子をあけて見ますと、庭さきの物置小屋の軒下に、白手拭を姉さんかぶりにしたお母さんの姿が見えました。足もとに何か居ると見えて、お母さんは俯し目にして立つて居られます。
「お母さん、何?」と云ひますと、お母さんは三郎さんの方を一寸見て、黙つて手招きされました。
 三郎さんは台所の方へまはつて、足駄をはいて、雨のしよぼ/\降つてゐる中を、お母さんの傍へ走つて行きました。そこには、軒下の藁の散らばつたところに、一匹の小猫が雨にしつぽり濡れて、ぶるぶるふるへてゐるのでした。
「あツ、小さな猫。どこの猫だらうね、お母さん。」
「大方、棄て猫だらうよ。」
「棄て猫つて?」
「人が棄てたのよ。猫はたくさん子を生むから、それをみんな飼つておくわけにいかないからね。」
 三郎さんとお母さんと話してゐる声が聞えたのかどうか、小猫は哀れつぽい声で、ニヤオ/\と啼き出しました。
「お母さん、家の猫にしたらよくない。」
「えゝ、飼つてもいゝけれど、今にお父さんがおかへりになつたら話して見てね。」
 その時、家の中で「お母さん/\。」と妹の松子さんの泣く声がしました。
「松子がお目覚めだよ。」と、お母さんは雨の中を小走りにお家の方へ駈けて行きました。松子さんは、三郎さんにとつてただ一人の兄妹で、ことし漸く三つの女の子です。
 やがてお母さんは、お昼寝してねむさうな顔つきをしてゐる松子さんを抱いて、お家から出て来ました。
「ごらん。この小さなねんね。」とお母さんが指ざすのを、松子さんは黙つて見てゐましたが、そのまゝお母さんの胸に顔をあてゝ、乳を吸ひはじめました。小猫はニヤオ/\と、啼きつゞけてゐます。
「松子はねんねがお好きでないね。」
とお母さんはつぶやくやうに云つて、
「あの、三郎や、牛乳の残りがあるから、古いお椀へ入れて持つておいでよ。」と云ひました。
 三郎さんは、台所へ駈けて行つて、牛乳壜に残つてゐる乳を、椀へうつして持つて来ました。小猫は、三郎さんの持ちそへてゐるお椀の乳を、大そうお旨さうにチウチウ音をたてゝ飲みました。お椀に半分あまりあつた乳を、みんな飲んでしまひました。乳を飲んでしまふと小猫はもう啼きませんでした。
「お腹がすいてゐたのだわ、可哀さうに。」
「だから、お母さん、家で飼はうよ。」と云つてゐると、家の潜戸が、がら/\とあく音がしました。
「お父さんらしいね。」お母さんは、松子さんを抱いたまゝ急いで玄関口の方へと立つて行きました。三郎さんは、片手に空の牛乳壜を持ち、片手にそつと猫を抱きあげて、お母さんの後から駈けて行きました。
 玄関のあがり口で靴をぬいでゐるお父さん…

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