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熊捕り競争
くまとりきょうそう
作品ID45166
著者宮原 晃一郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一一巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
入力者tatsuki
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-04-14 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一

 御維新の少し前頃、北海道有珠のアイヌ部落にキクッタとチャラピタといふ二人の少年がゐました。キクッタは十七で、チャラピタは一つ下の十六でした。小さなときから、大へん仲好しで、遊ぶにも魚をとるにも、また罠をかけに行くにも、いつも一しよでした。ところが、その年になつて、二人が今までのやうに睦じくやつていけないことが起りました。それはアイヌが一ばん手柄にする熊捕りの競争を二人が始めたからです。特に本年は
「部落で、十五歳から十八歳までの少年で、一ばん早く、一ばん大きな熊をとつたもの、または一番沢山の数をとつた者には会所のお役人からりつぱな鉄砲を一挺下さる。そして部落ではその人をやがて酋長の候補者にしよう」
 さういふ懸賞の附いた課題が出てゐましたから、みんなが勇んだのですがじつさいそれに応ずる力のあるのは、キクッタとチャラピタとだけよりなかつたので、自然、二人の間の競争となつてしまひました。
「おれが勝つてみせるぞ!」
「なアに、優勝はおれのものだ」


    二

 そこで、キクッタは、ある日、お父さんのモコッチャルの銃を借りて、ベンベの森を熊をさがして、歩き廻つてゐました。
 時は秋の半ばでした。赤く、紫に、黄に、樺色に、まるで花のやうにいろいろの紅葉が青い松や樅と入りまじつた、その美しさといつたらありません。しかし、それよりもつと、このアイヌの少年の目をひきつけたのは、青いコクワと、濃紫の山葡萄の実が、玉をつらねたやうに、ふさ/\と生つて、おいで/\をしてゐることでした。
 これはキクッタのやうなアイヌの少年には結構なおやつであるばかりか、また熊にとつても、大好物です。だから、コクワや山葡萄が沢山生つてゐるところには、きつと熊が来るものです。果して熊の糞をキクッタは見付けました。
「やア、親父(熊のこと)がゐるぞ!」
 キクッタは銃を肩から下ろし、注意ぶかくそこらをあらためました。糞はごく新らしく、あたりの草はふみにぢられて、大きなお盆のやうな熊の足あとがいつぱいついてゐました。
「よし、〆た。おれが勝ちだ。この熊をおれがとつてやる!」
 キクッタは胸をどき/\させながら、そろ/\と、なほも足あとをつけて行きました。
 と、たちまち、右手の藪がガサ/\と音がしたので、急いで銃を取り直すひまもなく、いきなり目の前に、牡牛のやうな大きな羆があらはれ、後ろ脚でスクッと立上がり、まつかな口に、氷のやうな牙をあらはし、ウオーッと吼えました。
「畜生!」
 キクッタはその心臓を狙つて、引金をひきました。
「ドーン」
 鋭い銃声が森に反響しました。射術にかけては、少年の間は勿論大人のアイヌの間にも有名なキクッタですから、大熊はその場に地響きさして、ぶつ仆れた――はずですが、不幸、ガチッと音がして、不発でした。さア大へん。もう弾丸をこめ直すひまもありませんか…

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