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蚊帳の釣手
かやのつりて
作品ID45172
著者沖野 岩三郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一一巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
入力者tatsuki
校正者田中敬三
公開 / 更新2007-04-08 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一
 万作は十二歳になりました。けれども馬鹿だから字を書く事も本を読む事も出来ません。数の勘定もやつと一から十二までしか知らないのでした。
「おい万作! お前は幾歳になつた。」と問ひますと「十二です!」と元気よく答へますが、其時「来年は何歳になる?」と問ひますと、もう黙つてしまひます。それは、十二の次が十三だといふ事を知らないからであります。だから毎日々々お友達から、「馬鹿万」と云はれて、からかはれました。
 夏の初め頃でした。万作は朝早く起きて顔を洗つて「お父さんお早うございます。おつ母さんお早うございます。」と何時になく叮嚀にお辞儀を致しました。
 お父さんもおつ母さんも吃驚して「まア、万作! お前は大変賢くなつたものだネ。」と云つて喜びました。
 万作は嬉しさうな顔をして、こんな事を云ふのでした。
「お父さん! おつ母さん! 私は今日から暫くの間お暇を頂戴したうございます。私は今日から遠い遠い国へ行つて、うんとお金を儲けて帰ります。」
「え? お前が遠い国へ行くつて?」お父さんは驚きました。
「お前がお金を儲けて来る?」おつ母さんは眼を円くしました。
 万作は平気な顔で、
「えゝ、きつと儲けて来ます。私がお金を儲けて来たなら何を買つて上げませう。」と云ふのです。おつ母さんは、
「では万作、お前がお金を儲けて来たなら蚊帳を一つ買つて下さい。もう十二年前に丁度万作の生れた年、たつた一枚の蚊帳を泥棒に盗まれて今だに蚊帳を買ふ事が出来ないんだから。」と云ひました。
 万作の家には蚊帳がありませんでしたから、夏になると宵の口から火鉢の中で杉つ葉を燻べて蚊を追出してそれから、ぴつしやり障子を閉め切つて寝たのでした。
 だから、万作は夏といふものは煙くつて暑いものだ、夜になるとどんなに涼しい風が吹いても障子を開けてはならないものだ、とばかり思つてゐました。


    二
「左様なら、お父さん! おつ母さん!」と云つて万作は家を出て行きました。両親は村境の橋の所まで送つて行つて、万作の姿の見えなくなるまで見てゐましたが、おつ母さんはたうとう泣き出しました。
「あんな馬鹿な子供が、遠い所へ行つて皆なに馬鹿にされて酷い目に逢ふことは無いでせうか。」おつ母さんがかう言つた時、
「なあに大丈夫だ、あの子は十二までの数を知つてゐる。それからお金を儲けやうといふ考へがある。遠い所へ独りで行かうといふ勇気がある。帰つて来たなら蚊帳を買つて呉れようといふ情深い心がある。あれは馬鹿でも何でもない。きつとあの子は偉い人になつて帰つて来るから安心して待つてゐるがよい。」と云つてお父さんはおつ母さんを慰めてゐました。
 さて万作は家を出てどこへ行くといふ的もなく、ずん/\と東の方へ行きましたが、そこに大きな山がありました。万作はこの山を越えて隣の国へ行かうと思つて三里ばかり山路を登…

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