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源八栗
げんぱちぐり
作品ID45178
著者沖野 岩三郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一一巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「金の星」金の星社、1928(昭和3)年1月
入力者tatsuki
校正者田中敬三
公開 / 更新2007-04-08 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一
 もうりい博士は、みなとの汽船会社から、こまりきつたかほをして、かへつて来ました。それは、午後一時に、出るはずの汽船が、四時にのびたからです。
 もうりい博士は今晩の八時から、次の町でお話をする、やくそくをしてあるのです。だから、四時のおふねにのつては、十時すぎにしか、次の町へつくことが出来ないのです。
 ふねにのらないとすれば、三十きろのみちを、あるかなければなりません。しかも、そのみちといふのは、けはしい、けはしい山みちです。
 やくそくを、だいじに思ふ博士は、そのけはしい、山坂をこえて、次の町へ、あるいて行くことに、決心しました。
 博士は、自てん車をもつてゐました。で、それにのつて行きましたが、わづかばかり行きますと、もう、みちがけはしくなつて、自てん車に、のることも出来ません。そこで、自てん車を、おしながら、坂をのぼりました。
 みちは、ますます、けはしくなりました。そのけはしいみちの、りやうがはには、一かかへもあるやうな、大きな杉や、ひのきが、しげつてゐます。しかも、それが、どこまで、つづいてゐるか、知れないのです。
 博士は、少しくおそろしくなりました。えだとえだとが、しげり合つて、とんねるのやうに、うすぐらくなつてゐる、坂みちを、いきをきらせながら、のぼつてゐますと、二十めえとるばかり、前の方に、どうも、人間らしい、黒いかげが見えます。
「人だ人だ。人があるいてゐる。」
 さびしい山みちですから、博士は、人かげを見て、うれしかつたのです。で、いそいで、坂をのぼつて行きました。
 まもなく、博士は、その人におひつきました。そして、うしろから、「今日は。」と、こゑをかけますと、だまつて、うしろをふり向いたのは、色の黒い、目の玉の、ぎよろりと光る、とても、人相のわるい、大きな男でした。
「今日は。」と、いつて、男はぢろりと、博士の方を、ふり向きました。手には、太いぼうちぎれを、にぎつてゐます。
 男のかほを見た時、博士はすぐ、「これは、どろばうだな。」と思ひました。けれども、今さら、どうすることも、できませんから、「ごめんなさい。」と、いつて、男の前を、とほりぬけて、さつさと、あるきました。
 博士は、うしろをふりむかないで、ずんずん、あるきました。もうあとから、よびとめられるか、もうこゑを、かけられるかと、思ひましたが、男は何とも言ひません。
 少しく安心した博士は、十分ばかり、あるいたあとで、うしろをふりむいてみますと、男はつゑにすがつて、とぼとぼと、くるしさうに、あるいて来ます。
 博士は、その時はじめて、その男が、びやう人であることを、知りまして、ほつと安心しました。
「ああ、よかつた。どろばうで、なくてよかつた。」
 博士は、ひとりごとを言ひながら、また自てん車をおして、坂をのぼりました。
 それから一時間ほどあとでした。たう…

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