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星の女
ほしのおんな |
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作品ID | 45180 |
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著者 | 鈴木 三重吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
初出 | 「星の女 世界童話集第三編」1917(大正6)年8月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2006-08-29 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 23 ページ(500字/頁で計算) |
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一
姉妹三人の星の女が、毎晩、美しい下界を見るたびに、あすこへ下りて見たいと言ひ/\してゐました。
三人は或晩、森のまん中に、すゐれんの一ぱいさいてゐる、きれいな泉があるのを見つけました。三人ともその水の中へつかつて見たいと思ひましたが、そこまで下りていく手だてがありません。三人は夜どほしその泉を見つめて、ためいきをついてゐました。
そのあくる晩も、三人はまたその泉ばかり見下してゐました。泉は、ゆうべよりも、なほ一そううつくしく見えました。
「あゝ下りていきたい。一どでいゝからあの泉であびて来たい。」と、一ばん上の姉が言ひました。下の二人も同じやうに下りたいと言ひました。
すると、高い山のま上を歩くのが大好きな、月の夫人がそれを聞いて、
「そんなにいきたければ、蜘蛛の王さまにそう言つて、蜘蛛の糸をつたはつて下しておもらひなさい。」と言ひました。
蜘蛛の王さまは、いつものやうに、網の中にすわつて、耳をすましてゐました。星の女たちは、その蜘蛛の王さまにたのみました。蜘蛛の王さまは、
「さあ/\、下りていらつしやい。私の糸は空気のやうにかるいけれど、つよいことは鋼と同じです。」と言ひました。
三人はその糸につかまつて、一人づゝ、する/\と泉のそばへ下りて来ました。
泉の面には、月の光が一面にさして、すゐれんの花のなつかしい香がみなぎつてゐます。三人はきらびやかな星の着物をぬいで、そつと水の中へはいりました。
すが/\しい、冷たい水でした。三人はしづかにすゐれんの花をかきわけていきました。三人のはだには、水のしづくが真珠のやうにきら/\光りました。
と、その泉のぢきそばに、或若い猟人が寝てゐました。三人はそれとは気がつかないでにこ/\よろこんで水を浴びてゐました。うと/\寝てゐた猟人は、三人の天の女が、泉のすゐれんの花をゆるがせて、水の中を歩いてゐる夢を見て、ふと目をさましました。ひぢをたてゝ泉の面を見ますと、まつ青にさしてゐる月の光の中で、三人の美しい女が、たのしさうに水を浴びてゐます。
猟人はこつそりと、泉の岸をつたはつて、三人の着ものがぬいであるところへいきました。そして、その中の一ばんきれいな着ものを手に取つて見ました。それは、金と銀との糸でおつて、いろさま/″\の宝石を使つて縫ひかざりをした、立派な着もので、左の胸のところには、心臓の形をした大きな赤い紅宝石が光つてゐました。
猟人は、その着物をかゝへて、もとのところへかへつて、かくれてゐました。
三人の星の女はそんなことは夢にもしらないで、永い間水をあびて楽しんでゐました。そのうちに、だん/\と夜あけぢかくなりました。すると、蜘蛛の王さまが空の上から、
「もうおかへりなさい。お日さまがお出ましになると、お日さまのお馬が糸を足で踏み切ります。早く空へお上りなさい。」と言ひま…