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ぽつぽのお手帳
ぽっぽのおてちょう
作品ID45182
著者鈴木 三重吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「赤い鳥」1918(大正7)年7月
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2006-08-29 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一

 すゞ子のぽつぽは、二人とも小さな/\赤いお手帳をもつてゐます。この二人は、「黒」よりもにやァ/\よりも、「君」よりも、だれよりも一ばん早くから、すゞ子のおあひてをしてゐるのです。
 一ばんはじめ、或冬の、氷のはつてゐる寒い日に、二だいの大きな荷馬車がお荷物をつんで、ぽつぽたちのながく住んでゐた村から、町の方へ、こと/\出ていきました。ぽつぽは、あのまゝかごにはいつて、その二ばんめの荷馬車の、一ばんうしろに乗せられてゐました。二人は、一たいどこへいくのだらうと言ふやうに、しきりにきよと/\くびをうごかしてゐました。お父さまはそのときぽつぽに言ひました。
「二人ともおとなしくして乗つてお出で。こんどは海の見えるお家へいくんですよ。」と言ひました。
「そして、そのお家へ、小ちやなすゞちやんが生れて来るのですよ。」と、小石川のお祖母ちやまがそつと二人におつしやいました。ぽつぽは、
「お祖母さま、お祖母さま、そのすゞちやんといふのはだれでございます。」と聞きました。
 お母さまは、だまつて、たゞかるくわらひながら、みんなと一しよに車に乗りました。
 ぽつぽは、それからこんどのお家へつきました。そのじぶんには、すゞ子の曾祖母は、まだ玉木の大叔母ちやんのところにいらつしやいました。あき子叔母ちやんもまだ来てゐませんでした。おうちには、千代といふ小さな女中がゐました。
 ぽつぽは、せんとおなじやうに、お部屋のそとの、ガラス戸のところにおかれました。このお家は、おもてからはいつて来ると、たゞの平家でしたけれど、上へ上つて、がらす戸のところへいつて見ると、そのお部屋のま下が広いおだいどころで、そこからはお部屋はちようど二階のやうになつて、つき出てゐました。
 そのお部屋のぢき目のまへは砂地でした。そして、そのすぐさきが海でした。ぽつぽはガラス戸の中から、どんよりした青黒い海を、びつくりして見てゐました。まつ正面の、ずつと向うの方には、小さな赤い浮標がかすかに見えてゐました。
 その向うを、黄色いマストをした、黒い蒸汽船が、長い烟をはいて、横向きにとほつていきました。二人のぽつぽは、
「おや/\、あんな大きな船が来た。おゝ早い/\。ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」とおほさわぎをしました。
 お母さまはこのお部屋へおこたをこしらへて、小さなすゞちやんが生まれてくるのをまつてゐました。そして千代と二人ですゞちやんの赤いおべゝをぬひました。
 暗い冬はそれからまだながくつゞきました。昼のうちは、おもてのじく/\した往来を、お馬や荷車やいろ/\の人がとほりました。それから、お向ひのうどんやで、機械をまはすのが、ごと/\ごと/\と聞えました。
 しかし夜になると、あたりはすつかり穴の中のやうにひつそりとなつて、たゞ、海がぴた/\と鳴るよりほかには、何の音も聞えませんでした。
 暗い海…

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