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作品ID | 45186 |
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著者 | 鈴木 三重吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
初出 | 「赤い鳥」1924(大正13)年11月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2006-08-29 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 20 ページ(500字/頁で計算) |
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一
ロシアのウラディミイルといふ町に、イワン・アシオノフといふ商人がゐました。住居と、店を二つももつてゐるほどのはたらき人で、謡をうたふことの大好きな、おどけ上手の、正直ものでした。
そのイワンが或夏、ニズニイといふ町の市へ品物をさばきに出かけました。イワンが馬車をやとつて荷物をつみ入れさせ、子どもたちや、おかみさんに、いつてくるよとあいさつをしますと、おかみさんは心配さうな顔をして、
「今日立つのはおよしになつたらどうでせう。私はいやな夢を見たんですが。」と言ひました。
「ふゝん、もうけた金を使つてでも来るかと気になるのかな。」とイワンは笑ひました。
「そんなことならいゝんですけれど、私はそれはへんな夢を見たんです。あなたがニズニイからかへつていらしつて、帽子をおぬぎになると、おつむりの髪がすつかり白髪になつてる夢を見たんです。」
「はゝゝそれはけつこうな前兆だよ。まあ/\見てお出で。品物をすつかり売り上げて、土産を買つて来るから。」
イワンはかう言ひ/\馬車を走らせて出ていきました。そしてニズニイまでの道のりの半分まで来ますと、リアザンの町から来た、或知合の商人に出あひました。その晩二人は、或村の宿屋について、一しよにお茶を飲んだりしたのち、となり合つた部屋にはいつてやすみました。
イワンはいつも夜は早く寝るのが習慣でした。それであくる朝も、涼しい間に歩かうと思つて、まだ夜のあけないうちに馬車つかひをおこして、馬を引き出させました。宿屋の亭主たちは裏手の小さな建物に寝てゐました。イワンはその亭主をおこしてお金をはらつて立ちました。
そこから二十五マイルばかり来ますと、イワンは道ばたの宿屋へ馬車をとめて、馬にかひばをつけさせました。イワンはお茶の用意をたのんで、それが出来るまで戸口にすわつて、ギターをとり出してならしてゐました。すると、そこへ、三頭だての馬車が、リン/\と鈴を鳴らしながらとぶやうにかけて来て、ぴたりとイワンの目の前にとまりました。すると中から一人の巡査が兵たいを二人つれて下りて来て、いきなりイワンに向つて、おまいの名前は何といふか、どこから来たかと聞きます。イワンは、これ/\かう/\ですと答へて、
「今お茶が来ます。一しよにお飲み下さい。」と言ひますと、巡査は、そんなことには耳をもかさないで、おまいはゆうべどこへ泊つた、一人で泊つたか、それとも、だれかつれのものと一しよだつたか、今朝そのつれのものゝ顔を見たか、一たいどうして夜のあけないうちに立つて来たのだと、うるさく聞きしらべます。イワンは、何だつてそんなことを一々聞きほじるのだらうと、ふしんに思ひながら、すべてをありのまゝに話しました。
「何だか私が盗坊かおひはぎでもしたやうですね。私はじぶんの商用で出かけて来てゐるのです。そんなにくど/\おしらべになる必要はありませ…