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小犬
こいぬ |
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作品ID | 45187 |
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著者 | 鈴木 三重吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
初出 | 「赤い鳥」1926(大正15)年9月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 林幸雄 |
公開 / 更新 | 2007-04-02 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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一
村のとほりにそうた、青い窓とびらのついた小さな家に、気どりやの、そのくせ、お金にかけては、をかしなほどこまかな、おばあさんが、女中と二人で、ひつそりとくらしてゐました。
二人は、家のまへの小さな庭へ、いろんな野菜ものなぞをつくつてゐました。
ところが或晩、だれかゞその畠へはいりこんで、玉ねぎを十ばかりぬすんでいきました。女中のローズが、あくる朝、そのほりかへしたあとを見て、びつくりして大声をたてました。
おばあさんは、何ごとかと、寝間着のまゝでとび出して来ました。
「ど、どろぼうです。ほら。」
「あら/\、まあ、だれだらう。ひどいぢやないか。まあ、こんなに、あらしまはして……。おやおや。……まあ、あきれた。一ィ二ゥ三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十もほつていつたよ。まあ。おまいもまた何をぼや/\してゐたの。ほら、こゝんとこをかうはいつて、かう来たんだよ。ね、ほら、ちやんと足あとがついてるよ。そして、この壁へ足をかけて、その花どこをまたいだんだよ。まあ、何てづう/\しいやつだらう。きつとまた来るよ。一どとつたら、なくなるまでは来るよ。ほんとにゆだんもすきもありァしない。まあ、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、十だらう? 十もぬすんでいくんだから、あきれるぢやないか。ちよッ。おやそこんとこにも足あとがあるよ。」と、おばあさんは、おこつたりおびえたりして、ひつくりかへるやうにさわぎたてました。近じよの人たちがその声をきいて、どや/\出て来ました。
「おい、どろぼうがはいつたんだつて。」
「へえ、どこへ。」と、すぐに、そこからそこへと話がつたはつて、いろ/\の人が入りかはりやつて来ました。おばあさんは、その一人びとりの人へ、これ/\かうで、かうはいつて、かう来て、こゝへ足をかけてと、一ぺん/\くりかへして話をして、おこつたり、くやしがつたりしつゞけました。
となりのお百姓は、
「どろぼうをよせつけないやうにするには、犬をお飼ひになるにかぎります。」と言ひました。
「なるほど、犬がゐればね。」と、おばあさんは、くびをかしげました。
「大きな犬ぢや、食はすのにかゝりますから、かんがへもんですが、いつまでたつても大きくならない、そしてよくほえる、小さな犬がゐますよ。」
みんながかへつてしまつてから、おばあさんは、どうしたものかと、ながい間、ローズを相手にかんがへました。いゝにはいゝけれど、いくら小さな犬にしたつて食べものがいります。おばあさんは、一日に一どか二どづゝ、お皿や深皿へ、スープやパンや、いろんなあまりものなぞを一ぱいいれて、それをむざ/\食べさせなければならないとおもふと、それこそばか/\しく、もつたいない気がしてなりません。
「ね、ローズ、よさうかね。……でも一ばんにあれだけづゝとられては、たまつたものぢやァな…