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ダマスカスの賢者
ダマスカスのけんじゃ |
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作品ID | 45188 |
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著者 | 鈴木 三重吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
初出 | 「赤い鳥」1927(昭和2)年2月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 林幸雄 |
公開 / 更新 | 2007-04-02 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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一
むかし、ダマスカスといふ町に、イドリスといふなまけものがゐました。貧乏なくせに、はたらくことがきらひなのですからたまりません。或とき、もういよ/\食べるものもなくなり、売りはらふものと言つたつて、ぼろッきれ一つさへないはめになりました。おかみさんは、
「これではもう二人でかつゑて死ぬばかりです。後生だから、どうぞ今日からお金をもうけに出て下さい。」と、泣いてたのみました。
「お金をもうけるつて、一たい、どうすればいゝんだい。わしは、これまで商ばいをしたこともないし、てんであてがつかないよ。」と、イドリスは、生あくびをしながらかう言つて、長いあごひげをしごいてゐました。
「では、ためしに私のいふとほりをしてごらんなさい。たゞお墓場へ出かけて、おまゐりの人が来るたんびに、口の中でおいのりをしてゐればいゝのです。さうすれば、女の人なぞは、きつとお金をくれます。これならあんたにも出来るでせう。」と、おかみさんは言ひました。
イドリスはいちんち考へこんでゐましたが、あくる朝になると、しぶ/\お墓場へ出ていきました。
いつて、おかみさんが言つたとほりにして見ますと、なるほど、お墓まゐりに来た女の人たちが少しづゝお金をくれていきます。イドリスは、これなら、わしにはもつて来いの仕事だと、ほゝ笑んで、それからは、まいにち出て来ては、もぐ/\とお祈りを上げるまねをしてゐました。
人々は、イドリスの、あごをうづめた長いひげや、たえず一しんにいのつてゐるすがたを見て、これは、とても信仰ぶかい、えらい人にちがひないと話し合ひました。しまひには、うはさに尾ひれがついて、あの人は、どんなことでもしつてゐるえらい賢者で、人の秘密でもすぐに見ぬいて言ひあてる、とてもふしぎな人だと、じぶんがためされたやうに言ひふらすものさへ出て来ました。
或とき、イドリスは、いつものやうに墓場へ出かけるとちう、町の中をとぼ/\歩いてゐますと靴のそこへくぎが出つぱつて来たと見えて、足の先がいたくてたまらなくなりました。それで或金細工師の店のまへにたちどまつて、その片方の靴をぬいで、中をのぞいて見ました。
そのときその店先には、王さまが、おしのびで、一人のおともをつれて、金の指輪をなほさせに来てゐました。金細工師は、その指輪を左手の人さし指の先にかけて、なほすところを見てゐました。するとどうしたはずみか、指をぴよいと動かしたひようしに、指輪がぽんとどこかへとんでしまひました。
指輪は、ちようどイドリスがのぞきこんでゐる靴の中へ、ひよこりとはいつたのですが、金細工師は、それとは気がつかないので、びつくりして、店中をさがしまはりました。
イドリスは、ほゝう、これはいゝものがとんで来た。ほう、すばらしい宝石がはまつてゐると、にこ/\して、あたりを見まはしました。さいはひ、だれもかんづかない…