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パナマ運河を開いた話
パナマうんがをひらいたはなし
作品ID45190
著者鈴木 三重吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「赤い鳥」1928(昭和3)年10月
入力者tatsuki
校正者林幸雄
公開 / 更新2007-04-05 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一

 パナマの運河といへば、だれにもおわかりのとほり、南北アメリカのまん中の、一とうせまい、約五十マイルの地峡をきりひらいて、どんな大きな軍艦でもとほれるやうにこしらへたほりわりです。これは今から十五年まへに出来上つたのですが、最初アメリカ合衆国政府が、パナマ共和国に同意させて、あのほりわりをひらく計画をたてたのは五十年もまへのことで、かねてスヱズの運河を作り上げた、ドゥ・ルッセといふフランス人の技師をやとつて着手させたのでした。
 ルッセははじめ千名の工夫をつかつて工事にかゝりましたが、もと/\この地方一たいは、マラリアだの黄色熱だのといふおそろしい熱病のはやるところで、その千人の工夫も、黄色熱にかゝつて一年足らずの間に全部死んでしまひ、つぎに補充した千名も一年たゝないうちにまたすつかり死んでしまひました。百人のうち六十九人が一どにわづらつて、ころりと死ぬことがあるのですからたまりません。ルッセはとう/\五万人近くの工夫を殺し、五億円以上の経費を使つたあげくに、手も足も出なくなつてなげ出してしまひました。
 これらの病気は、すべて熱帯地方には、ひろくはやつてゐたもので、そのもとは、あとでお話しするやうに、蚊が病菌を人間へうつしつたへるからなのですが、五十年前にはこのことがまだ発見されなかつたので、多くの人々が方々でむだ死をしたのです。
 そのころ西インド諸島のスペイン領では、駐屯軍の間に黄色熱がひろがつて、二三か月の間に百分中の六十八九人が死んだゝめ、司令官が狂人になつたといふ例もあり、ブラジルでは、同じ病気で一年に三万五千人がたふれ、その多くが船乗りだつたため、港にかゝつてゐるいくつもの汽船の動かし手がなくなつて、その船がみんな立ちぐされになつたといふ実例もあります。千九百四年にはインドだけでもマラリアで百万人もの死人を出しました。
 中でもパナマ地方は、雨の多いところなので、沼や流れが多い上に、大木の森林がひろがりつゞいてをり、草なぞも、おそろしくのびしげるのでもつて、いたるところにくさり水がたまるので、蚊のゐることゝ言つたら、たいへんなものでした。そんなわけですから、運河の大西洋口の起点の近くにあるコロンといふ町について言つても、そのころ人口一万ぐらゐだつたその町に、墓の数が十五万もあつたのですからおどろきます。或ときパナマに駐在してゐるフランスの領事が、ルッセの部下の機械技師に服を買つてとゞけてやり、あすそれを着て午餐会に出てお出でとつたへたところ、技師はその日の中に黄色熱にかゝり、朝の三時にはもう死んでゐたといふ哀話ものこつてゐます。
 マラリアは、むかしイタリヤでもひどくはやつたもので、あの強大なローマ帝国がほろびたのも一つはこの病気が多くの人を殺したからだと言はれてゐます。マラリアは蚊が媒介するのだといふことは、すでに千四百年もまへ…

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