えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
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![]() てがみ |
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作品ID | 45195 |
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著者 | チェーホフ アントン Ⓦ |
翻訳者 | 鈴木 三重吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
初出 | 「赤い鳥」1931(昭和6)年12月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 浅原庸子 |
公開 / 更新 | 2005-08-30 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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ユウコフは年はまだやつと九つです。せんには、お母さんと一しよに、ゐなかの村のマカリッチさまといふ、だんなのうちにおいてもらつてゐました。お母さんはそのうちの女中になつて、はたらいてゐたのです。そのお母さんが死んでしまつたので、ユウコフもそのお家にゐられなくなり、人の世話で、三月まへから、この靴屋の店へ、奉公にはいつたのでした。
こよひはクリスマスの晩です。ユウコフは親方や兄弟子たちが、教会からかへつてくるまでは、どんなにおそくまでも、ねむらないで、まつてゐなければならないのです。ユウコフは一人ぼつちで、さびしくてたまらないので、戸だなから、そつと親方のインキつぼをもちだして、さきのさゝくれたペンで、しわくちやの紙へてがみをかきだしました。だれよりも大すきな、あのマカリッチのだんなへ出さうとおもひついたのです。
「コンスタンチン、マカリッチのだんなさま。」とユウコフは、くびをひねり/\かき出しました。
「だんなさまのところは、クリスマスでにぎやかでせう。神さまが、だんなさまに、どつさりいゝことを下さるやうにいのつてます。だつて、わたしには、お父つあんもお母さんもゐなくなつたから、あとは、たゞだんなさまだけです。」
ユウコフはこゝまでかくと、目をあげて、くらい窓を見上げました。ろうそくの、くらいあかりが、ガラスにぼんやりうつッてゐます。それをじつとみてゐると、マカリッチのだんなの姿が、ありありとガラスの中にうかび上つて来ました。
マカリッチのだんなは、年は六十五です。せいのひくい、やせた、それでゐてとても元気なおぢいさまです。いつもたのしさうににこ/\してばかりゐます。昼間は台所にねころんで、料理人をからかつたりしてゐますが、夜になると、大きな羊の毛皮の外とうにくるまつて、家畜の見まはりに出ていきます。だんなのうしろには、いつも、カシュタンカとエールといふ、二ひきの犬がついてゐます。
今だんなはどうしてゐるかしらとユウコフは思ひました。村の教会の窓はあか/\とかゞやいてゐるでせう。だんなはうちの門のところに、フエルトの靴をばた/\させながら立つてゐて、女中たちをわらはせてゐるかもしれません。
「どうだい、一つかゞねえか。」
だんなは、かぎ煙草の箱を女中にわたします。女中はうけとつてかいでみて、とてもうれしがつて、はッはと笑ふのでした。
「くさいだらう。あとで鼻の先をよくふくんだぞ。――おゝお、ひどく、いてつくぢやねえか。みしみし氷りつくやうだ。」
それから、だんなは、かぎ煙草を犬にもかゞせます。カシュタンカは、鼻をクン/\ならして、にげだします。エールはむやみに尻尾をふつて、かゞせないでくれといふやうにおせじをつかひます。
夜の空は、ふかく水色にはれて、村全たいがはつきりとうかび上つてゐます。まつ白に雪をかぶつた屋根や、煙をはいてゐる煙突やしもで…