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オフェリヤ殺し
オフェリヤごろし |
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作品ID | 45231 |
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著者 | 小栗 虫太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「二十世紀鉄仮面 小栗虫太郎全作品4」 桃源社 1979(昭和54)年3月15日 |
初出 | 「改造」改造社、1935(昭和10)年2月号 |
入力者 | ロクス・ソルス |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2007-02-20 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 60 ページ(500字/頁で計算) |
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序、さらば沙翁舞台よ
すでに国書の御印も済み
幼友達なれど 毒蛇とも思う二人の者が
使節の役を承わり、予が行手の露払い
まんまと道案内しようとの魂胆。
何んでもやるがよいわ。おのが仕掛けた地雷火で、
打ち上げられるを見るも一興。
先で穿つ穴よりも、三尺下を此方が掘り
月を目掛けて、打上げなんだら不思議であろうぞ。
いっそ双方の目算が
同じ道で出会わさば、それこそまた面白いと云うもの。
〔と云いつつ、ポローニアスの死骸を打ち見やり〕
この男が、わしに急わしい思いをさせるわい。
どれ、この臓腑奴を次の部屋へ引きずって行こう。
母上、お寝みなされ。さてもさて、この顧問官殿もなあ
今では全く静肅、秘密を洩らしもせねば、生真目でも御座る。
生前多弁な愚か者ではあったが
ささ、お前の仕末もつけてやろうかのう。
お寝みなされ、母上。
〔二人別々に退場――幕〕
そうして、ポローニアスの死骸を引き摺ったハムレットが、下手に退場してしまうと、「ハムレットの寵妃」第三幕第四場が終るのである。緞帳の余映は、薄っすらと淡紅ばみ、列柱を上の蛇腹から、撫で下ろすように染めて行くのだった。その幕間は二十分余りもあって、廊下は非常な混雑だった。左右の壁には、吊燭台や古風な瓦斯灯を真似た壁灯が、一つ置きに並んでいて、その騒ぎで立ち上る塵埃のために、暈と霞んでいるように思われた。そして、あちこちから仰山らしい爆笑が上り、上流の人達が交わす嬌声の外は、何一つ聴こえなかったけれども、その渦の中で一人超然とし、絶えず嘆くような繰言を述べ立てている一群があった。
その四、五人の人達は、どれもこれも、薄い削いだような脣をしていて、話の些中には、極まって眉根を寄せ、苦い後口を覚えたような顔になるのが常であった。その一団が、所謂 Viles(碌でなしの意味――劇評家を罵る通語)なのである。
彼等は口を揃えて、一人憤然とこの劇団から去った、風間九十郎の節操を褒め讃えていた、そして、法水麟太郎の作「ハムレットの寵妃」を、「悼ましき花嫁(チャールス二世の淫靡を代表すると云われるウィリアム・コングリーヴの戯曲)」に比較して、如何にも彼らしい、ふざけるにも程がある戯詩だと罵るのであった。
が、訝かしい事には、誰一人として、主役を買って出た、彼の演技に触れるものはなかったのである。所が、次の話題に持ち出されたのは、いまの幕に、法水が不思議な台詞を口にした事であった。
その第三幕第四場――王妃ガートルードの私室だけは、ほぼ沙翁の原作と同一であり、ハムレットは母の不貞を責め、やはり侍従長のポローニアスを、王と誤り垂幕越しに刺殺するのだった。その装置には、背面を黒い青味を帯びた羽目が※[#「糸+尭」、224-上-10]っていて、額縁の中は、底知れない池のように蒼々としていた。そうした、如何にも物静かな、悲しい…