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貝殻追放
かいがらついほう
作品ID45247
副題016 女人崇拝
016 にょにんすうはい
著者水上 滝太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「水上瀧太郎全集 九卷」 岩波書店
1940(昭和15)年12月15日
初出「三田文學」1919(大正8)年12月号
入力者柳田節
校正者岩澤秀紀
公開 / 更新2012-06-20 / 2014-09-16
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「お母さん、私は何處から生れて來たの。」
「それはね、遠くの遠くの方から鸛の鳥が銜へて來て、家の煙突の中に落して行つたのです。」
 西洋の子供も、自分達が何處から生れて來たかを訝かしがつて、執拗く問ひただしては母親を困らせるさうである。まことにそれは、吾々が子供心に、飽迄も知らんと欲して、しかも遂に知る事の出來なかつた謎であつた。
 物心のついた時には、既に自分の目の前に、兄が二人、姉が一人あつた。柔かに暖く、縋りついて顏を埋めれば、顏中が埋まつてしまふ母の乳房を銜へたまま、何の心配も無く眠つた月日は短かかつた。喰ひついて離れまいとするのを苦い藥を塗つたり、騙したり、叱つたり、すかしたりして、母は永久にその懷しい乳房から自分を振放してしまつた。自分はその日から獸の乳で育てられた。忽ちにして妹が生れた。續いて弟が生れた。又妹が生れた。妹が生れた。弟が生れた。弟が生れた。弟が生れた。弟が生れた。
「いつたい赤坊は何處から生れるのだらう。」
 幼い自分の頭腦を、此の不可思議はどんなに深く惱ましたかわからない。
「神樣が授けて下さつたのですよ。」
 とお祖母樣はおつしやつた。そのお祖母樣に連れられて戸外に出ると、自分が生れた時、お祖母樣の懷に抱かれて、お宮詣に來たといふ神社の前で、
「これがお前達を授けて下さつた神樣だから、かうして拜むのですよ。」
 と拍手をうつ事も教はつて、ちひさい手を合せたが、縁日の日の外は、何時も森閑としたお宮の神樣によつて生れたのだと考へるのは、涙が溢れる程寂しかつた。
「それはね、お母樣のお腹から生れて來たのです。」
 と或時母自身の口から聞いたのが、ほんとの事に違ひ無いと思つた。
「婆やは木の股から生れて參りました。」
 と婆やは眞面目な顏付で云つたけれど、そんな事があるものか。
「ねえお兼さん、お兼さんも木の股から生れて來たんだらう。」
「えゝえゝ、兼も木の股から生れて參りました。」
 赤面の御飯たきも婆やに相槌を打つた。
「坊ちやま、銀も木の股から生れたんですつて。」
「坊ちやま私も木の股から生れました。」
 若い女中達も一緒になつて答へた。
「嘘だい。木の股から生れるなんて嘘だよ。僕はお母樣のお腹から生れたんだ。」
 自分は無理にも母のお腹から出て來た者でありたかつた。
「オヽをかしい。坊ちやまはお母樣のお腹からお生れになつたんですつて。」
 女中達は聲を揃へて笑つた。けれども矢張り、木の股から生れたとは考へられなかつた。桃太郎のやうな豪傑は別として、自分達は母親のお腹から生れたのに違ひ無いと思つた。だが如何して生れたのだらう。
「僕、矢張りお母樣のお腹から生れたんでせう。けれども如何して出て來られたんでせう。」
「子供を生む時は、お腹が割れて出て來るので、お醫者樣や産婆が來て、又元の通りに縫つてくれるのです。」
 母はすました顏…

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