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有明集
ありあけしゅう
作品ID45252
著者蒲原 有明
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 22 土井晩翠・薄田泣菫・蒲原有明・伊良子清白・横瀬夜雨集」 講談社
1968(昭和43)年5月19日
入力者広橋はやみ
校正者荒木恵一
公開 / 更新2014-08-31 / 2015-10-20
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

この歌のひと卷を亡き父の
み靈の前にささぐ。

豹の血(小曲八篇)

智慧の相者は我を見て

智慧の相者は我を見て今日し語らく、
汝が眉目ぞこは兆惡しく日曇る、
心弱くも人を戀ふおもひの空の
雲、疾風、襲はぬさきに遁れよと。

噫遁れよと、嫋やげる君がほとりを、
緑牧、草野の原のうねりより
なほ柔かき黒髮の綰の波を、――
こを如何に君は聞き判きたまふらむ。

眼をし閉れば打續く沙のはてを
黄昏に頸垂れてゆくもののかげ、
飢ゑてさまよふ獸かととがめたまはめ、

その影ぞ君を遁れてゆける身の
乾ける旅に一色の物憂き姿、――
よしさらば、香の渦輪、彩の嵐に。

若葉のかげ

薄曇りたる空の日や、日も柔らぎぬ、
木犀の若葉の蔭のかけ椅子に
靠れてあれば物なべておぼめきわたれ、
夢のうちの歌の調と暢びらかに。

獨かここに我はしも、ひとりか胸の
浪を趁ふ――常世の島の島が根に
翅やすめむ海の鳥、遠き潮路の
浪枕うつらうつらの我ならむ。

半ひらけるわが心、半閉ぢたる
眼を誘ひ、げに初夏の芍藥の、
薔薇の、罌粟の美し花舞ひてぞ過ぐる、

艶だちてしなゆる色の連彈に
たゆらに浮ぶ幻よ――蒸して匂へる
蘂の星、こは戀の花、吉祥の君。

靈の日の蝕

時ぞともなく暗うなる生の[#挿絵]、――
こはいかに、四方のさまもけすさまじ、
こはまた如何に我胸の罪の泉を
何ものか頸さしのべひた吸ひぬ。

善しと匂へる花瓣は徒に凋みて、
惡しき果は熟えて墜ちたりおのづから
わが掌底に、生温きその香をかげば
唇のいや堪ふまじき渇きかな。

聞け、物の音、――飛び過がふ蝗の羽音か、
むらむらと大沼の底を沸きのぼる
毒の水泡の水の面に彈く響か、

あるはまた疫のさやぎ、野の犬の
淫の宮に叫ぶにか、噫、仰ぎ見よ、
微かなる心の星や、靈の日の蝕。

月しろ

淀み流れぬわが胸に憂ひ惱みの
浮藻こそひろごりわたれ黝ずみて、
いつもいぶせき黄昏の影をやどせる
池水に映るは暗き古宮か。

石の階頽れ落ち、水際に寂びぬ、
沈みたる快樂を誰かまた讃めむ、
かつてたどりし佳人の足の音の歌を
その石になほ慕ひ寄る水の夢。

花の思ひをさながらの祷の言葉、
額づきし面わのかげの滅えがてに
この世ならざる縁こそ不思議のちから、

追憶の遠き昔のみ空より
池のこころに懷かしき名殘の光、
月しろぞ今もをりをり浮びただよふ。

蠱の露

文目もわかぬ夜の室に濃き愁ひもて
釀みにたる酒にしあれば、唇に
そのささやきを日もすがら味ひ知りぬ、
わが君よ、絶間もあらぬ誄辭。

何の痛みか柔かきこの醉にしも
まさらむや、嘆き思ふは何なると
占問ひますな、夢の夢、君がみ苑に
ありもせば、こは蜉蝣のかげのかげ。

見おこせたまへ盞を、げに美はしき
おん眼こそ翅うるめる乙鳥、
透影にして浮び添ひ映り徹りぬ、

いみじさよ、濁れる酒も今はと…

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