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詩集夏花
ししゅうなつばな
作品ID45279
著者伊東 静雄 Ⓦ
文字遣い新字旧仮名
底本 「詩集 わがひとに与ふる哀歌」 日本図書センター
2000(平成12)年2月25日
初出「詩集夏花」1940(昭和15)年3月15日
入力者宮元淳一
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-06-20 / 2014-09-18
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 目次


燕
砂の花
夢からさめて
蜻蛉
夕の海
いかなれば
決心
朝顔
八月の石にすがりて
水中花
自然に、充分自然に
夜の葦
燈台の光を見つつ
野分に寄す
若死
沫雪
笑む稚児よ……
早春
孔雀の悲しみ
夏の嘆き
疾駆
[#改ページ]

おほかたの親しき友は、「時」と「さだめ」の
酒つくり搾り出だしし一の酒。見よその彼等
酌み交す円居の杯のひとめぐり、将たふためぐり、
さても音なくつぎつぎに憩ひにすべりおもむきぬ。

友ら去りにしこの部屋に、今夏花の
新よそほひや、楽しみてさざめく我等、
われらとて地の臥所の下びにしづみ
おのが身を臥所とすらめ、誰がために。
森亮氏訳「ルバイヤツト」より
[#改ページ]

 燕


門の外の ひかりまぶしき 高きところに 在りて 一羽
燕ぞ鳴く
単調にして するどく 翳なく
あゝ いまこの国に 到り着きし 最初の燕ぞ 鳴く
汝 遠くモルツカの ニユウギニヤの なほ遥かなる
彼方の空より 来りしもの
翼さだまらず 小足ふるひ
汝がしき鳴くを 仰ぎきけば
あはれ あはれ いく夜凌げる 夜の闇と
羽うちたたきし 繁き海波を 物語らず
わが門の ひかりまぶしき 高きところに 在りて
そはただ 単調に するどく 翳なく
あゝ いまこの国に 到り着きし 最初の燕ぞ 鳴く
[#改ページ]

 砂の花 富士正晴に


松脂は つよくにほつて
砂のご門 砂のお家
いちんち 坊やは砂場にゐる

黄色い つはの花 挿して
それが お砂の花ばたけ
… … … … … … … … … … … … …

地から二尺と よう飛ばぬ
季節おくれの もんもん蝶
よろめき縋る 砂の花

坊やはねらふ もんもん蝶
… … … … … … … … … … … … …
その一撃に

花にうつ俯す 蝶のいろ
あゝ おもしろ
花にしづまる 造りもの

「死んでる? 生きてる?」
… … … … … … … … … … … … …

松脂は つよくにほつて
いちんち 坊やは砂場にゐる
[#改ページ]

 夢からさめて


この夜更に、わたしの眠をさましたものは何の気配か。
硝子窓の向ふに、あゝ今夜も耳原御陵の丘の斜面で
火が燃えてゐる。そして それを見てゐるわたしの胸が
何故とも知らずひどく動悸うつのを感ずる。何故とも知らず?
さうだ、わたしは今夢をみてゐたのだ、故里の吾古家のことを。
ひと住まぬ大き家の戸をあけ放ち、前栽に面した座敷に坐り
独りでわたしは酒をのんでゐたのだ。夕陽は深く廂に射込んで、
それは現の日でみたどの夕影よりも美しかつた、何の表情もないその冷たさ、透明さ。
そして庭には白い木の花が、夕陽の中に咲いてゐた
わが幼時の思ひ出の取縋る術もないほどに端然と……。
あゝこのわたしの夢を覚したのは、さうだ、あの怪しく獣めく
御陵の夜鳥の叫びではなかつたのだ…

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