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くもり日つゞき
くもりびつづき
作品ID45284
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「時事新報 第一六三九七号~第一六四〇一号」時事新報社、1929(昭和4)年2月10日~14日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-08-10 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

歌合せ

 外に出るのは誰も具合が悪かつた。
 それで、飽きもせず彼等は私の部屋に碌々とし続けた。(――と私は今、村での日日を思ひ出すのである。つい此間までの村の私の勉強室である。私は余儀なく村を立ち去つて、今は都に迷ひ出たばかりの時である。)
 向ひ側の人の顔だちが定めもつかぬ程濛々と煙草の煙りが部屋一杯に立こめてゐた、冬の、くもり日続きの、村の私の部屋なのだつた。誰も彼も、もう駄弁の種もすつかり尽き果てゝ稍ともすれば沈黙勝ちな、夜もなく、昼もなき怠惰な村の愛日抄を書かう。
 寝転んでゐる者がある、炬燵にあたつてゐる者がある。部屋の隅にある小机に凭つて手紙か何かを書いてゐる者がある。安らかに無何有の境に達して大鼾きをあげてゐる者がある――おそらく夢だけで消えてしまふであらう「ソクラテス学校」――そんな題名の小説を想つてゐる私が、何んな顔つきで日々彼等の仲間になり続けてゐたか私は知らない。
 口をあけて天井を眺めて居るAが居た。全く出鱈目な調合法で切りにカクテルをつくつて飲み続けて居るBが居た。Bは恋をして居る。もう少し酔つて来ると、やがて顔を歪めて私に取り縋るに違ひないのだ。
 そして、人が何かの歌を口吟むと、皆眠た気な声を挙げて一人宛順々に歌つて行くのが癖になつてゐた。歌へぬのは私一人だけである。誰が思ひ出して歌ひ出す歌でも、皆が皆、既に好く知り尽してゐる歌ばかりであるらしい。私は何時も彼等の朗かな合唱の聞き手であるだけだ。
「何かもつと別なのはないか?」などと云ひ合ひながら切りに考へるのだつたが、それも、もういよいよ種が尽きると彼等は、いつも彼等が一様に暗誦してしまつてゐる古今の名文章を口吟むのが常だつた。手持ちぶさたがさせる白々しい、悲し気な戯れだ。
 彼等が暗誦する文章は十指に余りある。いつか私も憶えてしまつた。
 いきなり一つ引用して見よう。……そこで、炬燵にあたつて顔を突つ伏てゐるAが、経を読むが如く、
「おのづから外るゝ水には、何もたまらず流れたり。」などと唸り出すと、洋盃をつまんで眼を据てゐるBが、それでもAの読経が耳に入つたのか、生真面目な顔で空々しい声をあげて続けるのであつた。
「爰に伊賀伊勢両国の官兵等、馬筏押し破られて、六百余騎こそ流れたり。」
 そしてBは眼を瞑つてゐる。Aは顔を突つ伏して眠つてしまつたらしい。――Cが、素晴しく洞ろな大欠伸と一処に、吾知らず次の章を唸り続けるといふ具合なのだ。
「萌黄、緋威、赤威、色々の鎧の浮きぬ沈みぬゆられけるは、カンナビ山のもみぢ葉の、巓の嵐にさそはれて――」
「竜田川の秋の暮――」と続けたのは大の字なりにふんぞり反つて天井に煙りを吹きあげてゐる吐月峰のDだつた。「竜田川の秋の暮、井関にかゝりて流れもあへぬに異ならず。」ひとり庭に出て海を眺めてゐたEが遠くから声を挙げた。さうだEは庭で海を見降…

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