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寄生木と縄梯子
やどりぎとなわばしご
作品ID45292
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「婦人サロン 第二巻第十二号」文藝春秋社、1930(昭和5)年12月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-02-17 / 2016-05-09
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「ヤドリ木――知つてゐますか?」
「……知らんのう、実物を見たら、あゝ、これか――と思ふかも知んないが……ヤドリ木? 聞いたこともない。」
 誰に訊ねても同じ返答ばかりであつた。私は、小屋を出てから同じ質問を若い木挽にも訊いた。山頭の炭焼の老人にも訊いた。鈴を鳴して橇道を滑走して来る橇の一隊をさへぎつて、皆なに訊いたが、一様に首をかしげて顔を見合せてゐるだけだつた。
「有りがたう――兎も角僕はそれを是非とも探して来なければならないので、暫くの間休ませて貰ひますよ。タイピストと二人――」
「現場のあたりへ行つて見なされよ。」
 行列は気の毒さうに斯う云つて、鈴を鳴して降つて行つた。
「屹度見つけるであらう、僕は――」
 私は、アメリカ語で、フロラを顧みて橇道から森の中へ入つて行つた。
 麓の村から三哩、馬の背で踏み入る山奥の材木工場で、フロラと私はその年のクリスマスを迎へようとしてゐた。山に働く他の凡ての人々は、この宗教に全く関心を持たぬ村人達であつたから、フロラと私がたつた二人で、事務所である丸木小屋で花やかな祭りを催すことにした。二人の者は、凡ゆる力を惜まずに此工場で働くことに依つて、希望に充ちた新生活を展く決心だつたから、この時も町へ帰らうともせず、寧ろ此上もない祝福を抱いて、たくましい原始生活と闘ふてゐた時のことである。
 仕事の合間を見て部屋の飾りつけを施すのであつたから、三日前から支度をして、この日の午前には凡て整頓されてゐた。関心は持たなくても祭りの悦びだけは迷惑にならぬであらう、楽しい夕べが訪れたならば、サンタクロースには山頭の老人を頼まう、子供達や若者を集めてテープを投げ合はう、村祭りの踊りを所望しよう、此方は私が手風琴を弾くから、フロラは一つお得意のロココ風の踊りを批露すべしだ――プログラムまでがきまつてゐた。
 飾りつけが出来た時に不図フロラが、
「ミスルトウは?」
 と気附いた。
「何処にでもあるに違ひない、こんな森の中だもの――だが、愉快な形式を尊重して、一枝のミスルトウを、二人がゝりで探しに行くといふ古風な夢を実現して見ようではないか……」
 私は、そんなことを云つてフロラを伴れ出して来たのであつたが、梢ばかり見あげて歩き廻つたので、首筋のあたりが変になつてしまつた程なのだが、何処にもミスルトウの小枝も見あたらなかつた。
「あれは、寄生する親木の類ひが、特別にあるのではなかつたか知ら――植物学の書物を見ておくべきであつた。」
 私がついそんな嘆息を洩すと、フロラも眉を顰めて「こんなに歩き廻らなければならぬのであつたなら、あたしは橇小屋から馬を借り出して来たものを――」と不満を述べた。
 私達は樅の大木の森を、熱心にさ迷ひまはつてゐた。私は、無論、手をのばせばとゞくであらうほどの高さの小さな幹ばかりを見てゐたのだ。
「ほんの手のとゞく…

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