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挿頭花
かざし |
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作品ID | 45305 |
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著者 | 津村 信夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「花の名随筆9 九月の花」 作品社 1999(平成11)年8月10日 |
入力者 | 浅葱 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2005-06-19 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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戸隠の月夜は九月に這入ると、幾晩もつづいてゐた――。
昔、寺侍が住んでゐた長屋、そして一棟の長細い渡り廊下のやうな納屋の壁にそつて、鶏頭の花が咲いて、もう気の早い冬支度か、うづ高く薪が積まれてゐた。
古いイメージのやうな破風の藁屋根の影を踏んで屋敷の周りを一巡すると、私は前庭に出て、そのまま、廊下から庭に面した書院造りの一間に通つた。
本坊の庭は、今の主人の祖父か曾祖父にあたる人が造園したものだと云はれてゐる。叡山から来た天台の僧で、遠く信濃路の山に来ても、都のことが忘れかねたものらしい、風雪の跡はあつても、依然として閑雅な京風の趣がある。二株ばかりある萩の花はもう散り初めてゐた。
その夜の私の夢のなかでは――
前庭は、昼間のやうに月の光りが鮮かであつた。軽い空気草履のやうな足音がして、枝折戸の蔭から、一人の少女が現はれた。円顔の、耳環の似合ひさうな顔立であつた。少女は、二三歩あるくと、くるりと振り返つて、私の方は背にして、あらぬ方を向いて、おいでおいでをしてゐた。それから、つと、萩の一株にちかづくと、無心に花を摘み初めた。私は知つてゐるぞ、自分が見てゐるぞと心の中で思つた。すると、突然、萩盗人の少女は、私の方に向き直つた。折からの一際冴えた月の明りに、少女は一寸地蔵眉をよせると、萩の小枝を二本、頭の上に翳して、「萩の花はおきらひ?」と尋ねかけた。心持首をかしげてゐる。私の答へがないのを知ると、少女は手にしてゐた小枝を惜しげもなく捨てて、双の手を背後で組み合せるやうな姿態を作つた。と見るとまるで手品師のやうに、今度は片方の手に一輪の真紅な花を提げてゐた、「ダーリヤはおきらひ?」少女はその一輪をまた髪の上に翳して見せた。首を前よりも一層かたむけて。私はそのとき、知つてゐる、貴女は誰だか知つてゐる、さう云つて、危ぶなくその名を口にしようとした。すると、少女は、まるで現在からするりと脱け出るやうな素振りをした。その後は、私の夢のなかでも一片の雲の陰影が射したやうに、もうまるで憶えてゐなかつた。
私の夢は、もうそれとは何の脈絡もなく、他のものに移つてゐた。
私は、引手の金具に紫の総のついた、重さうな書院の襖をあけた。中は真暗であつた。私はその部屋を急いで横ぎると、又一枚、総のついた襖の金具をひいた。暗闇がやつぱり大きな口をあけてゐた。私はさうやつて、幾つの部屋を過ぎて行つたのだらう。そして、それは果して幾つ目の部屋での事であつたか、私は確かに、欄間に描かれた美しい朱色の牡丹を認めた。それが暗闇のなかで、私の足をとどめたのだ。
「――はおきらひ?」
そんな優しい声は、何処からもきこえてこなかつた。それだのに、恰度あの萩の花を少女が髪の上に翳して見せたときのやうに、私の心は、明かにその朱色で描かれた牡丹が不満でならなかった…
とがくしの朝は、樹木の多…