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祝福された星の歌
しゅくふくされたほしのうた
作品ID45319
副題An episode from the forest
アン エピソード フロム ザ フォレスト
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「蝋人形 第三巻第四号(四月号)」蝋人形社、1932(昭和7)年4月1日
入力者宮元淳一
校正者砂場清隆
公開 / 更新2008-03-08 / 2016-05-09
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 麓の村から五哩あまり、馬の背で踏み入る森林地帯の山奥――苔むした岩々の間を、隠花植物の影を浮べて、さんさんと流れる谿川のほとりに営まれた伐木工場の丸木小屋の事務所に、その頃私はアメリカ生れのフロラと共に働いてゐました。私達の夫々の父親達の共同の仕事だつたからです。たしか、私が、文科の大学生活を終へた同じ年のことで、何故か私は文学よりも、哲学に憧れを寄せはぢめて、身をもつて健やかな生活に、つまり、いとも花々しい労働に没頭することから端を発して幽遠な精神上の光りの国へ憧憬の翼を差し伸したい――そんな風な、云はゞエピクテイタス流の希ひに胸をふくらませて居りました。で私は、毎朝々々、頑固な目醒時計を鳥共と一処に鳴らして、飛び起きると、働け/\の「森の鍛冶屋」の歌を口吟みながら、馬に乗つて朝霧の深い谷間を飛んで、斧の音の丁々と打ち響く伐採場へ走ります。空に唸りを巻き起しながら倒れて行く大木の倒れるのを眺めて、夢にもない朗らかな叫びを挙げました。鈴を鳴らして急坂を滑る橇に打ち乗つて、ブレイキを握りながら風を切つて、口笛を吹きます。夜ともなれば、終日の働きで爽やかな疲れを覚へた身を、炉端の、ランプを低く灯した小屋の窓下で、フロラに日本語を教へたり、読書に吾を忘れて、膝の上から書物が滑り落ちるまで現の遠い幻の国に遊びました。
 それはさうとして、いつの間にか夏が過ぎ、秋が暮れて――いつそ、このまゝ、今年のクリスマスは、この小屋で迎へようと語らふ冬となりました。ダツデイ達は、私とフロラの決心をまことに勇壮なものと認めて、ほのぼのとしながら山を降りました。
 そこで、降誕祭の“on the one”が、麗らかな天気つゞきのまゝに目睫に迫りました。山に働く他の凡その人々はこの宗教に全く関心を持たぬ麓の部落の村人達でしたから、この師走のおしつまつた日のなかで、あの辺から来てゐる二人の学生は何の戸惑ひをしてのぼせあがつてゐるのだらうか? などと囁くのを、しば/\フロラが、その故を説明などしながら、たつた二人で、花やかな祭りを催すために丸木小屋の中の飾りつけにいそしみました。――それにしてもあの人達、信仰は持たなくても、こんなに綺麗な祭りの悦びだけは迷惑ではあるまい、楽しい夕べが訪れたならば、サンタクロースには山番の老人を頼まうよ――。
「あの白髪のゆたかな、常に円満な微笑を湛へた呑気さうな山番は、普段のまゝでもサンタクロースそつくりだ。」
 フロラは、そんなことを云ひながら、カーテンをとりはづして袋を縫つたり、とんがり帽子をつくつたり、その忙しさと云つたらありません。
「いゝえ、その話を僕が昨ふ山番に告げたら、手を打つて悦び――そんなら、その袋一杯、わたしが森の土産をつめこんで、吃驚りさせてやりたいものだ――なんて大いに勇み立つて、さうだ、ほんのさつき、これと同じ位…

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