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旧聞日本橋
きゅうぶんにほんばし |
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作品ID | 4533 |
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副題 | 05 大丸呉服店 05 だいまるごふくてん |
著者 | 長谷川 時雨 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「旧聞日本橋」 岩波文庫、岩波書店 1983(昭和58)年8月16日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2003-05-27 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 17 ページ(500字/頁で計算) |
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――老母のところから、次のような覚書をくれたので、「大丸」のことはもっと後にゆっくりと書くつもりだったが、折角の志ゆえそのまま記すことにした。
小伝馬町三丁目のうなぎやは(近三)明治廿四、五年ごろまであったと思います。
大伝馬町四丁目(この一町だけ通はたご町)大丸呉服店にては一月一日表戸を半分おろして、店を大広間として金屏風を立てまわし、元旦一日は凡そ(そのころで三百人以上)三、四百人の番頭、若者、小僧一同に大そうなごちそうが出る。お酒も出る。福引その他、実に一年中を一日に楽しませるので、近所の子供らも皆女中小僧をつれて遊びにゆき、羽根をつくやら、鞠なげ、楊弓もあり踊りもあれば、三味線もあり、いろいろと楽しませ夕方帰りには、山ほど土産をそれぞれにくれました。
大丸の符牒
(イエトモヲコルコトナシ)
とか聞いておりました。
朝は早くから小僧が「おきろよおきろよ。」と呼んで、見世中十人ぐらいで、ぐるぐる起して廻りました。客がはいってくると、帳場の者が――帳場に
甚四郎[#「甚四郎」は枠囲い]とか
才助[#「才助」は枠囲い]とか大書した、三尺ばかりの紙札の下に、各自の横に、小さな帳場格子とかけ硯をひかえて、ずっと並んで坐っています。客は名札を見て、気の合いそうな売手のところへと上ってゆきます。
女客なれば、クノイチクノイチという
男客なれば、ハツコウハツコウという
クノイチと言えば店中女客と思い、ハツコウといえば男客だと知ります。
不一のクノイチは不器量な女の事
不一のハツコウは嫌な男の事
ト一のクノイチはよき女人のこと
ト一のハツコウはよき男のこと
客の買物の金高によって御馳走がちがう。その符牒は、
お菓子なれば「きしるし」という。おそばなれば「とくいし」という。御飯なれば「ふしんかた」という。肴なれば「またろ」という。(肴)かもしれません。
大門通り右側に、たはらや(田庄)呉服大問屋、大丸その他へおろし店。そのさきに市田、これも大問屋、市田の方は多く織ものと模様もの、上々品ばかり、人形町その他の呉服店へおろす。
大門通り左側は角からずっと金物店ばかり、この辺を通ると店々にならんでいる番頭若者らが、よき女子の時は煙草盆のはいふきを二ツ叩く。それをまた隣りの店で二ツたたき、つぎつぎに知らせるのです。大丸のまむこうに、大丸出入りの菓子や「かめや」あり、旅籠町通りに大丸とならんで大丸の糸店と扇店があり、「みすや針店」のとなりが森田清翁という、これも出入りの菓子や。十月十九日べったら市の日には店へ青竹にて手すりを拵らえ、客をはかって紅白の切山椒を売りはじめます。たいした景気、極々よき風味なり。向側の「かめや」にても十九日にはやはり青竹にて手すりをこしらえ、柏餅をその日ばかり売ります。エビス様の絵の団扇を客にだしました。この家は神田小柳町…