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鬼の門
おにのもん
作品ID45344
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「中央公論 第四十七巻第九号」中央公論社、1932(昭和7)年8月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-02-03 / 2016-05-09
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

『ヒストリイ・オヴ・デビルズ』
『デビルズ・デイクシヨナリイ』
『クラシカル・マヂシアンズ・ボキアブラリイ・ブツク』

 私は、その頃右の如き表題の辞書を繙きながら、
「クリステンダム物語」
「ドクトル・フアウスタスの巡遊記」
「ジークフリード遠征録」
「セント・ジヨージ快挙録」
 その他の、これに類する種々の物語を耽読した。これらの辞書を翻すと、大概の物語や伝説の中に現れる様々な怪物や魔法使ひの術語や素性が明瞭となつたので、何んなに素晴しい化物が現はれても、そいつを語源的に験べたり、魔法使ひの歴史上に有名な言葉などを辞書の中の分類表から律して見ると、怪物と闘ふ強者の勇敢さに単なる読者として手に汗を握るばかりでない――別様の興味を誘はれるのであつた。
 例へば、セント・ジヨージが誘惑の森で、青舌の Witch の甘言に陥る場面などでも、エルムといふこの Witch の名前を「デビルズ・デイクシヨナリイ」のEの項で探して見ると、(大意を和訳して述べるが)エルムは Whitch と Wizard の不義の子にして、生れながらに呪はれたる自らの命を自ら深く呪ひつゝ、善良なる旅人を己れが永遠の呪ひの犠牲にして底無しの淵に誘ひ込むことをもつて本性となす者なれど、その名称の依つて来るところは、エルムが旅人をさし招く態は、恰も witch-elm-tree の条々たる垂れ枝が微風に吹かれて打ちなびく姿から聯想されて、海賊期のアングル族に擬人化されたるものなり。またフアウスタス博士の独言、
「自然の秘密を探究せんが為には、地獄を訪れなければならない。地獄を訪れんが為には悪魔を俟たねばならぬ。悪魔を俟たんが為には魔術の力に依らねばならぬ。」
 この有名句を「マヂシアンズ・ボキアブラリイ」で探して見ると、一五四〇年版ヨハンガストなる一神学者の手記に、
「余がクラコウ大学に於て教鞭を執りし頃、クリンドリング生れの一不良学生に悩まされしが、彼は常々学業を疎かにして魔術にのみ現を抜かし、遂に放校の憂き目に遇ひしが、去るに望みて彼の言葉を残したるなり。後にこの言葉を友人フアウスタスに告げると、彼は、至言なり……と膝を打ち、翌朝も待たずに放浪の旅に出発せり。」
 などゝもあつた。
「メフイストフエレス――(メ)は、ラテン語の[#ここから横組み]“In”[#ここで横組み終わり]に相当するギリシヤ語にて、否定の義、(フイス)は同じく、光の義、(フエレス)は、愛の義――即ち、光りと愛を打ち消す者――悪魔の同意語なり。メフイストフエレスなる名称は、十六世紀後半に出版されたるヨハネス・スパイスなる伝奇作家の書中に初めて登用されたる者なり。」
 その頃私は、地図の上では世界各国足跡の至らざるところとてはない大旅行家であつたが、日々の生活と云へば、どんな類ひの地図にも省略されてゐる底の凡そ小さな山峡の…

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