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行乞記
ぎょうこつき
作品ID45386
副題02 三八九日記
02 さんぱくにっき
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第三巻」 春陽堂書店
1986(昭和61)年5月25日
入力者さくらんぼ
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-04-17 / 2014-09-21
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 十二月廿八日 曇、雨、どしや降り、春日へ、そして熊本へ。

もう三八九日記としてもよいだらうと思ふ、水が一すぢに流れるやうに、私の生活もしづかにしめやかになつたから。――
途上、梅二枝を買ふ、三銭、一杯飲む、十銭、そして駅で新聞を読む、ロハだ。
夕方から、元坊を訪ねる、何といふ深切さだらう、Y君の店に寄る、Y君もいゝ人だ、I書店の主人と話す、開業以来二十七年、最初の最深の不景気だといふ、さうだらう、さうだらうが、不景気不景気で誰もが生きてゐる、たゞ生きてゐるのだ、死ねないのだらう!
 晴れた朝の悲しいたよりだつた(寸鶏頭君の病篤し)
・酔へば人がなつかしうなつて出てゆく
 師走夕暮、広告人形がうごく
 久しぶりに話してゐる雨となつた
 どしやぶり、正月の餅もらうてもどる
・どうなるものかとはだしであるく
 暮れてまだ搗いて餅のおいしからう
 濡れて戻つて机の塵
Sがお正月餅を一袋くれた、[#挿絵]餅、平餅、粟餅、どれもこれもありがたくいたゞいた、元坊のところでも搗きたてのホヤ/\餅をおいしく食べた。……
寝床の中でつく/″\考へる、――私は幸福な不幸人だ、恵まれた邪宗徒だ、私はいつでも死ねる、もがかずに、従容として! 私にはもうアルコールもいらない、カルモチンもいらない、ゲルトもいらない、フラウもいらない、……やつぱりウソはウソだけれど、気分は気分だ。

 十二月廿九日 晴、紺屋町から春日駅へ、小春日和の温かさ。

或る人へのたよりに、『……こゝへ移つて来てから、ほんたうにしづかな時間が流れてゆきます、自分自身の寝床――たとへそれはどんなにみすぼらしいものであつても――を持つてゐることが、こんなにも身心をおちつかせるかと、自分ながら驚いてをります、ちようど、一茶が長年待ち望んでゐた家庭を持つた時のよろこびもこんなだつたらうと、ひとりで微苦笑を禁じえませんでした。……』
ぶら/\歩いてゐるうちに、酒が飲みたくなつて、飲むだけの十銭は持つてゐたので、一杯ひつかけた、漬物、皿、炭、等々を買つたら、もう財布には一銭銅貨四枚しか残つてゐない。
ルンペンは一夜の契約だが、今の私は来年の十五日までは、こゝにゐることが出来る、米と炭と数の子と水仙と白足袋とを買つたら、それこそおめでたいお正月だ!(餅はすでに貰つた。酒も貰へるかも知れない、乞食根性をだすなよ)
月の葉ぼたんへ尿してゐる
誰もが忙しがつてる寒月があつた
三八九の原稿を書くのに、日記八冊焼き捨てゝしまつたので困つた、しかし困つても、焼き捨てたのはよかつたらう、――過去は一切焼き捨てなければ駄目だから、――放下了也。

 十二月卅日 風は冷たいけれど上々吉のお天気、さすがに師走らしい。

私は刻々私らしくなりつゝある、私の生活も日々私の生活らしくなりつゝある、何にしてもうれしい事だ、私もこんどこそはルンペンの足を…

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