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ラガド大学参観記
ラガドだいがくさんかんき
作品ID45399
副題(その一挿話)
(そのいちそうわ)
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「文藝春秋 第八巻第一号」文藝春秋社、1930(昭和5)年1月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-08-20 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 往来で騒いでゐる声が何うも自分を呼んでゐるらしく思はれるので私は、ペンを擱いて、手の平を耳の後ろに翳した。
「誰だな?」
 私は呟いだ。私は首を傾げたが、執筆に熱中してゐる頂上だつたので、そんな騒ぎも忽ち私の仕事の世界(Flattering Phantom)と混同されてしまつて、私は眼を輝かせながら更に呟いだ。
「GOD KHONSU の帰来かな? あの瑠璃色の翼を持つた大鳥が獲物を携へて、もう戻つて来たのか知ら?」
 私は人々の騒ぎを覆つて堂々と打ち響いてゐる波の音を、人造大鳥である KHONSU の羽ばたきと聞き違へたらしい。
 ――私は、だゞ広い書斎の真ン中で、天井の隅から空(Vanity of Vanity)を覗いてゐる望遠鏡、一方のハンドルを回すと轆轤仕掛けで程好く廻転をする地球儀(私の発案制作に成る)、丁字、円形、三角等の大型定規、模型・発動機、その他種々なガラクタ様の物理器具等を控へて、
「ラガド大学参観記」
 と称する記行録を、年余の歳月を費して作成してゐたのである。――私の部屋の天井には、これも私の発案作成に依る、大星座図が貼りつけられて、月々に依つて、その星座の隠見自存に工夫されてゐるもので、恰度W形のカシオペイア座が、きらびやかな翼をマールの花のやうに伸し、「ダイア」の女王がその花に凭つてゐるかのやうに目醒ましい秋の終りに近い晩であつた。その折々の空に従つて私は色紙製の星形を箱からとり出して、これを天空にピンで止めて、サソリ座も獅子座も鯨座も難なく現出させてゐた。
(ラガドは、嘗て、二百年前に私達のジヨナサン・スヰフトが訪ねたあの科学国の首都であるが、彼の訪問時代にして既に、あの大航空器を有し、人造人間を活動せしめ、思ふがまゝの凡ゆる時代の人物を時を選ばず眼前に、トーキー式に依つて現出し得る活動写真器を持ち……と云ふ風な具合で、今尚ほ彼の記録が吾々を驚嘆させるに足る超数学国であるが、――そのラガド市が、二百年の年月を経た今日、一九三〇年代に至つて、あの上何んな発達を遂げてゐるであらうか? といふ興味は、おそらく今日の文明に生きる吾々にとつては等しく感ぜられる好奇心に相違ないだらう。私も常々その熱心なる一員であつた。ところが偶然の機会で(これは別の日に詳しく述べるつもりだが)私は、ラガド大学の受験資格を得たのであつた。「ラガド大学参観記」は、私の入学受験準備の仕事である。そして、仕事即生活で悉く私は血眼の受験生になつてゐるのであつた。)
「GOD KHONSU――ハロウ、ハロウ!」
 私は呟きながら窓を開いた。ラガド市では悉くの人々が夫々一台の小型航空器を所有してゐた。この器具には Vanity of Vanity 測定器と称する一種の(斯う云ふ抽象語は註されぬのであるが)顕微鏡が備へられてゐて、例へば若し我々が仕事に没頭中に空腹…

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