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![]() ばんしゅんのけんこう |
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作品ID | 45412 |
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著者 | 牧野 信一 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房 2002(平成14)年3月24日 |
初出 | 「週刊朝日 第八巻第六号」朝日新聞社、1925(大正14)年8月2日 |
入力者 | 宮元淳一 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2010-05-21 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 15 ページ(500字/頁で計算) |
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羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ――などゝ私は思つた位でした。――午頃まで、この儘眠つてやらうかしら、などゝも私は思つたりしました。
春先で、思ひ切り好く晴れた朝の海辺なのです。――もう、かれこれ二時間も前から私は渚の暖かい砂の上で退屈な、然し極めて快い愚考に自ら酔つたまゝ、思ふさま胸を拡げて大の字なりにふんぞり反つてゐるのです。その私の肉体は、単に洞ろな、たゞ一寸軽い頭の爽々しさだけを感じてゐる一個の物体に過ぎません。――漁の舟はすつかり出払つて了つて、浜辺のいちばん静かな刻限です。はるか向ふで脊中を丸くした老人が凝つと綱を繕つてゐました。その背後で赤犬が一匹何かしきりにはしやいでゐるのが見えました。
「ひとりで凝つとこの儘かうしてゐたい。」
私は、ふとそんなことを思ふと同時に奇妙なテレ臭さを覚えました。――向方を見ると老人は、もう仕事を終へて桟橋を上つて行く処でした。――もう午に近いんだな! などと呟きながら私は、上向きの儘釈然としてゐると、またとろとろとする甘い睡さがムズムズと砂から伝はつて私の五体に滲み込みました。
暫くたつて私がひよいと堤防の方を見ると、その上に一寸つまんで置いたかのやうにポツリと女の姿がひとつ現はれてゐました。その箱庭の人形のやうな女は私の方をキヨトンと眺めてゐます。――まともに陽をうけて、それでなくとも近視眼の為か、顔を顰めてゐるらしい様子が、勿論明瞭には見えませんが、照子に相違ありません。で私は、僕だよ、たしかに僕だよ、早くお出でよ――といふつもりで右手を高く差し伸べました。彼女は直ぐに応じて砂地に降りると、全身が笑つてゐるやうな格好で駆け始めました。
駆けないでも好いのに……などと私は思つて、快く自惚れた僭越な眼で女の姿を眺めてゐました。
「直ぐに解つた?」
「始めツから解つてゐたわよ。」
私の自惚れとは恰で反対に、白々しく快活に照子は笑ひました。
「まア、こゝへお坐りよ。」と私は、彼女を自分の傍に坐らせたがつて、先づ自分がさう云ひながらどつかりと坐りましたが、女が相手にしませんので、と同時に、また立ち上りました。で私は、石を拾ひながら、この気分動作の敗北を取り返す為に急に冷かに、
「何か用なのかい?」と反方を向いて呟きました。
「だつて、もう十一時すぎよ!」
「十一時が、どうしたんだい。」
私は、拾つた石を力一杯水の上に投げました、波打際の先きで石は、小魚がはねたやうにキラリと光つて消えました。
「妾だつて、それつ位ゐ……」
ふと負けん気な照子は、石を拾ひ、私に真似て、でも女らしく腕だけで「ヨツ!」と叫んで投げました。勿論私の投げた半分にもとゞきません。
「バカ!」と私は、冷笑しました。だが私は、見物を意識に容れて、だがそれとなく得意気に、鮮やかなモーシヨンを取つて、二つも三つも続けて投げました。水面を転…