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或る日の運動
あるひのうんどう |
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作品ID | 45430 |
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著者 | 牧野 信一 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房 2002(平成14)年3月24日 |
初出 | 「時流」新潮社、1925(大正14)年2月 |
入力者 | 宮元淳一 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2010-05-16 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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「妾のところにも、Fさんを遊びに連れてお出でな。」
さうしないことが自分に対して無礼だ、友達甲斐がない――といふ意味を含めて、照子は、傲慢を衒ひ、高飛車に云ひ放つた。F――を照子のところへ、連れて行くも連れて行かないも、あつたものではなかつたのだ、私にして見れば――。だが私は、自分の小賢しき「邪推」を、遊戯と心得てゐた頃だつた。愚昧な心の動きを、狡猾な昆虫に譬へて、木の葉にかくれ、陽を見ず、夜陰に乗じて、滑稽な笛を吹く――詩を、作つて悲し気な苦笑を洩らしてゐた頃だつた。
「…………」
で私は、意地悪さうに返事もしないで、にやにやと笑つてゐた。照子が、そんなことさへ云はなければ、此方からそれを申し出たに違ひなかつたのだ。
「毎日何をしてゐるの?」
「どうも忙しくつてね……。何しろFは珍らしい客だからね……」と、私は惰性で心にもないことを呟いて、恬然としてゐた。
「よく、純ちやんに相手が出来るわね?」
「そりやア、もう……」
私は、どういふわけか照子の前に出ると、ほんとのことを云はなかつた。お座なりではなかつた。寧ろ、苦しい遊戯だつた。
「照ちやんから遊びに来たら好いぢやないか、僕はFとなんか往来を歩くのは厭なんだよ、何しろ異人の娘だからね、往来の人に一寸でも眼を向けられちや堪らないからね。」
「さうでせうとも、スラリとした人と並んで歩くのは気が退けるといふ質の人だからね、あんたはよッ!」と云つて照子は私を嘲笑した。照子は「スラリとした人」に自らを任じてゐるのだ。
「Fは、まつたくスラリとしてゐるね。あれが若し日本人だつたにしろ僕は、気がひけるよ。まつたく僕は、Fと話をしてゐると酷く気がひけてならないよ、そして彼女は、快活で、聡明で、邪気がなくつて……」
照子は暗に、妾と一緒に歩くのが気がひけるんだらう、妾はスラリとしてゐるし、お前はチビだから――といふ厭がらせを与へたのであることを悟つた私は、反対にFを激賞することで照子の鼻を折つてやらうと試みたのである。
「第一僕は、Fの容貌が気に入つてゐるんだ。あの青い眼玉には、爽やかな悲しみが宿つてゐる。あの鼻の形は、往々見うけるそれと違つて、冷たさを持つてゐない。楚々としてゐて、それで冷たさがないんだ。」
「少し痩せ過ぎてはゐないこと!」と、照子は云つた。照子は、丈も高くそして、私から見ると肥り過ぎてゐた。照子は鼻の話をされるのを何よりも嫌つてゐた。私は好く悪口の心意で「照ちやんの鼻は暖か味があふれてゐるよ。」と云ふのであつた。
「痩せてゐるといふ言葉は当らないよ。伸々として、引きしまつてゐるんだ。」
私が照子を対照にして厭がらせを試みてゐるのだといふことには気づかずに、彼女はたあいもなく私に煽動されてるかたちになつて、Fに敵対する口調を洩らし始めた。
「妾だつて、洋服を着ればそんなに肥つて見えやしないわよ。…