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かぶと
作品ID45482
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「鷲」 光文社文庫、光文社
1990(平成2)年8月20日
初出「週刊朝日」1928(昭和3)年7月
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-12-06 / 2014-09-18
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 わたしはこれから邦原君の話を紹介したい。邦原君は東京の山の手に住んでいて、大正十二年の震災に居宅と家財全部を焼かれたのであるが、家に伝わっていた古い兜が不思議に唯ひとつ助かった。
 それも邦原君自身や家族の者が取出したのではない。その一家はほとんど着のみ着のままで目白の方面へ避難したのであるが、なんでも九月なかばの雨の日に、ひとりの女がその避難先へたずねて来て、震災の当夜、お宅の門前にこんな物が落ちていましたからお届け申しますと言って、かの兜を置いて帰った。そのときあたかも邦原君らは不在であったので、避難先の家人はなんの気もつかずにそれを受取って、彼女の姓名をも聞き洩らしたというのである。何分にもあの混雑の際であるから、それも拠んどころないことであるが、彼女はいったい何者で、どうして邦原君の避難さきまでわざわざ届けに来てくれたのか、それらの事情は一切わからなかった。
 いずれその内には判るだろうと、邦原君も深く気にも留めずにいたのであるが、その届け主は今に至るまでわからない。焼け跡の区画整理は片付いて邦原君一家は旧宅地へ立ち戻って来たので、知人や出入りの者などについて心あたりを一々聞きただしてみたが、誰も届けた者はないという。そこで更に考えられることは、平生ならともあれ、あの大混乱の最中に身許不明の彼女が、たとい邦原家の門前に落ちていたとしても、その兜をすぐに邦原家の品物と認めたというのが少しく不審である。第一、邦原家の一族は前にもいう通り、ほとんど着のみ着のままで立退いたのであるから、兜などを門前まで持出した覚えはないというのである。そうなると、その事情がいよいよ判らなくなる。まさかにその兜が口をきいて、おれを邦原家の避難先へ連れて行けと言ったわけでもあるまい。蘇鉄が妙国寺へ行こうといい、安宅丸が伊豆へ行こうといった昔話を、今さら引合いに出すわけにもゆくまい。
 甚だよくない想像であるが、門前に落ちている筈のないかの兜が、果たして門前に落ちていたとすれば、当夜のどさくさに紛れて何者かが家の内から持出したものではないかと思われる。いったん持出しては見たものの兜などはどうにもなりそうもないので、何か他の金目のありそうな物だけを抱え去って、重い兜はそのまま門前に捨てて行ったのではあるまいか。それを彼女が拾って来てくれたのであろう。盗んだ本人がわざわざと届けに来るはずもあるまいから、それを盗んだ者と、それを届けてくれた者とは、別人でなければならない。盗んだ者を今さら詮議する必要もないが、届けてくれた者だけは、それが何人であるかを知って置きたいような気がしてならない、と邦原君は言っている。
 以下は邦原君の談話を紹介するのであるから、その兜について心あたりのある人は邦原君のところまで知らせてやってもらいたい。それによって、彼は今後その兜に対する取扱…

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