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雪女
ゆきおんな
作品ID45492
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「鷲」 光文社文庫、光文社
1990(平成2)年8月20日
初出「子供役者の死」隆文館、1921(大正10)年3月
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-12-06 / 2022-01-23
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 O君は語る。

 大正の初年から某商会の満洲支店詰を勤めていた堀部君が足かけ十年振りで内地へ帰って来て、彼が満洲で遭遇した雪女の不思議な話を聞かせてくれた。
 この出来事の舞台は奉天に近い芹菜堡子とかいう所だそうである。わたしもかつて満洲の土地を踏んだことがあるが、その芹菜堡子とかいうのはどんなところか知らない。しかし、それがいわゆる雲朔に近い荒涼たる寒村であることは容易に想像される。堀部君は商会の用向きで、遼陽の支店を出発して、まず撫順の炭鉱へ行って、それから汽車で蘇家屯へ引っ返して、蘇家屯かち更に渾河の方面にむかった。蘇家屯から奉天までは真っ直ぐに汽車で行かれるのであるが、堀部君は商売用の都合から渾河で汽車にわかれて、供に連れたシナ人と二人で奉天街道をたどって行った。
 一月の末で、おとといはここでもかなりの雪が降った。きょうは朝から陰って剣のように尖った北風がひゅうひゅうと吹く。土地に馴れている堀部君は毛皮の帽子を眉深にかぶって、あつい外套の襟に顔をうずめて、十分に防寒の支度を整えていたのであるが、それでも総身の血が凍るように冷えて来た。おまけに途中で日が暮れかかって、灰のような細かい雪が突然に吹きおろして来たので、堀部君はいよいよ遣り切れなくなった。たずねる先は渾河と奉天との丁度まん中で、その土地でも有名な劉という資産家の宅であるが、そこまではまだ十七清里ほどあると聞かされて、堀部君はがっかりした。
 日は暮れかかる、雪は降って来る。これから満洲の田舎路を日本の里数で約三里も歩かせられては堪まらないと思ったので、堀部君は途中で供のシナ人に相談した。
「これから劉の家までは大変だ。どこかそこらに泊めてもらうことは出来まいか。」
 供のシナ人は堀部君の店に長く奉公して、気心のよく知れている正直な青年であった。彼は李多というのが本名であるが、堀部君の店では日本式に李太郎と呼びならわしていた。
「劉家、遠いあります。」と、李太郎も白い息をふきながら答えた。「しかし、ここらに客桟ありません。」
「宿屋は勿論あるまいよ。だが、どこかの家で泊めてくれるだろう。どんた穢い家でも今夜は我慢するよ。この先の村へはいったら訊いて見てくれ。」
「よろしい、判りました。」
 二人はだんだんに烈しくなって来る粉雪のなかを衝いて、俯向きがちにあえぎながら歩いて行くと、葉のない楊に囲まれた小さい村の入口にたどり着いた。大きい木のかげに堀部君を休ませて置いて、李太郎はその村へ駈け込んで行ったが、やがて引っ返して来て、一軒の家を見つけたと手柄顔に報告した。
「泊めてくれる家、すぐ見付けました。家の人、たいそう親切あります。家は綺麗、不乾浄ありません。」
 綺麗でも穢くても大抵のことは我慢する覚悟で、堀部君は彼に誘われて行くと、それは石の井戸を前にした家で、ここらとしてはまず見苦…

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