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千匹猿の鍔
せんびきざるのつば
作品ID45532
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-11-26 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 大正十二年九月一日、高橋秀臣君は埼玉県下へ遊説に往っていたが、突如として起った大震災の騒ぎに、翌二日倉皇として神田錦町の自宅へ帰ったが、四辺は一面の焼野原。やっとのことで家族の行方を捜し当たが、家族は着のみ着のままで、家財道具などは何一つ持ち出していなかった。無論家宝として高橋君の愛玩措かざる光広作千匹猿の鍔もどこへ往ったか判らなかった。
 高橋君は人手に渡ったものか、それとも焼けたものか、人手に渡っていてくれるなら、元へ返らないものでもないが、焼けただれてはどうにもならないと、時おり思いだしては惜しがっていた。ところで翌年の九月になって生面の人が尋ねて来て、彼の千匹猿の鍔を出すとともに、その鍔にからまる因縁話をして、名も告げずに帰って往った。高橋君はその因縁話を次の様に話した。
「不思議な男は青い顔をしながらこう云うのです。私の友人が震災の翌日、丸の内の路傍でこれを拾ったが、あまり珍らしいので持っていると、それからと云うものは、毎晩のように、幾百とも知れぬ猿が枕頭へ来て、きゃっきゃっと鳴いて立ち騒ぐ夢を見るので、ついに神経衰弱になり、私に預かってくれと云うので、何気なく預かりますと、今度は私が、毎晩猿の夢を見てうなされますので、これはてっきり、鍔の祟りだろうから、早速持主に返そうと云うことになり、共箱の蓋によって貴下の名を手がかりに、人に聞きあわしてお届けにあがりましたと云って、名も告げないで、消えるように往ってしまったよ」



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