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母親に憑る霊
ははおやにのりうつるれい
作品ID45560
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-11-30 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 大正八年二月二十六日、西比利亜出征の田中中佐の一隊は、過激派軍のために包囲せられて、クスラムスコエ附近で全滅したが、悲壮極まるその戦闘で、名誉の戦死を遂げた小島勇次郎と云う軍曹は、大分県大野郡東大野村の出身であった。
 その勇士小島勇次郎が戦死してから半ヶ月ばかり経ってのこと、その生家では年とった母親が、某夜突然寝床の上に飛び起きて叫んだ。
「起きてくれ、お父さんも、弟も妹も、皆起きてここへ来てくれ、話がある」
 それは鋭い男性的な声であった。父親は勇次郎の戦死の通知があって以来、老妻が非常に落胆していたので、ついすると発狂したかも判らない。病気になったとすれば逆らってもいけないと思って、すぐ家内中の者を起してその前へ往った。すると、
「よし、皆来てくれたか、俺は勇次郎だ、俺はお国のために戦死したのだ、それだのに、お母さんは、毎日毎日、仏壇の前へ来て泣く、俺はそれが何より辛い、だから泣いてもらわないために、戦争の容子を話して聞かせる」
 と云って、話しだした。それによると、二月二十五日の朝、田中支隊を乗せた汽車が待避線に着くと、香田小隊が将校斥候になって出発したが、その夜九時頃になって、その将校斥候から報告が来た。で、緊急集合の命令が出た。そこで真暗い中で橇の準備をして出発したが、なかなか寒かった。何と云う村であったかそこで食事をして、夜明けになって出発した。そのうちに、森の中で敵と遭遇して大激戦が開始されたが、敵は大勢味方は無勢、だんだん死傷者が出るので心細くなったが、俺は日本男児だ、後へ退くものかと思って奮闘しているうちに、敵弾が頭部に命中して、その後の事は判らなくなったと云って、態度なり詞なりが全く勇次郎になって、
「だからもう歎いてくれるな、俺はお国の役に立って死んだのだから、きれいに諦めて、それでお父さんもお母さんも、達者で暮してもらいたい、弟や妹は、俺の分まで孝行してくれ」
 と云った。それを聞くと父親が、
「お前は、今夜来るくらいなら、死んだ時何故知らせなかった」
 と云うと、
「お父さんやお母さんに知らせると、歎くと思ったから、二人の弟にだけ、その晩に知らしてある」
 と云った。そこで父親は、次男と三男に尋ねてみると、
「その通りだ、あの晩、私等二人は、兄さんが顔を血だらけにして帰った夢を見たが、皆が心配すると思って黙っていた」
 と云うと、
「そうとも、それで皆判ったろう、これだけ理を話したから、もう歎いてくれるな」
 同時に母親は其の場に倒れて昏睡状態に陥り、翌日の午過ぎになってやっと正気づいた。で、宵の事を訊いてみたが、何も知らなかった。この話は田中支隊の戦況がまだ内地に達しない時で、その後戦況が判ってみると、すべて勇次郎の霊の云ったとおりであった。



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