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泉鏡花作『外科室』
いずみきょうかさく『げかしつ』
作品ID45620
著者宮崎 湖処子
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 卷二 月報2」 岩波書店
1942(昭和17)年9月30日
初出「國民之友」1895(明治28)年7月23日
入力者土屋隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2005-11-22 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

〔明治二八・七・二三『國民之友』二五七號〕

落莫たる文藝倶樂部に於て、吾人二人、新進作家を得る、曰く泉鏡花、曰く三宅青軒。
その第六篇掲ぐる所の鏡花の新作『外科室』、僅々十三頁に出でざる短篇と雖、然も其の短篇なるが故に、寸鐵人を殺すの氣あり。
某伯爵の夫人、疾を得て某病院の外科室にあり、一醫學士の手術を經、半途に手術者の手を拉して遽かに自刃し、手術者も亦同日に自刃す。渠等は曾て小石川植物園に於て、偶然相見て、双心相許したものと
是れ「外科室」の素なり。是の如き深刻なる戀愛は泰西的にして東洋的にあらず。恐らくは翻案乎。
よし翻案なりとするも、文章簡錬敍事勁拔、之を先進作家の一二に見るに、多く讓る色あるを見ず。頗ぶる他が心状を描さんことを勉めたり。
渠は
醫學士はと、不圖見れば、渠は露ほどの感情をも動かし居らざるものゝ如く、虚心に平然たる状露はれて、椅子に坐りたるは室内に唯渠のみなり。其太く落着きたる、これを頼母しと謂はゞ謂へ、伯爵夫人の爾き容態を見たる予が眼よりは寧ろ心憎きばかりなりしなり。
是れ高峰が情人の手術に就て勉めて冷淡を裝はふの状、
『宜しい』
と一言答へたる醫學士の聲は此時少しく震を帶びてぞ予が耳には達したる。其顏色は如何にしけむ俄に少しく變りたり。
是れ渠手術を乞はれて心動き初めたるの状
『看護婦刀を』
是れ夫人が藥を服するを拒み、斷乎として死を决したるを見て、意を决して坐を起つ時の辭
凡て筆を有意無意の間に着く、是れ最も凡手の難しとする所、伯爵夫人の心状に至つては、
『夫人唯今お藥を差ます、何うぞ其をお聞き遊ばして、いろはでも、數字でも、お算へ遊ばします樣に』。
伯爵夫人は答なし。
『お聞濟でございませうか。』
『あゝ』
『それでは宜しうございますね。』
『何かい、魔醉劑をかい。』
『いや、よさうよ』
『それでは夫人、御療治が出來ません。』
『はあ、出來なくツても可よ。』
『奧、そんな無理を謂つては不可ません。出來なくツても可といふことがあるものか。我儘を謂つてはなりません。』
『はい。』
『それでは御得心でございますか。』
腰元は其間に周旋せり。夫人は重げなる頭を掉りぬ。
是れ夫人が魔醉藥を拒むで服せざる所、其の决心の態、窘窮の状、傍にあつて見るが如し。
『そんなに強ひるなら仕方がない。私はね心に一つ祕密がある。魔醉劑は譫言を謂ふと申から、それが恐くつてなりません。何卒もう、眠らずにお療治が出來ないやうなら、もう/\、快ならんでも可い、よして下さい。』
『刀を取る先生は高峰樣だらうね』
『何うしても肯きませんか。それぢや全快つても死でしまひます。可から此儘で手術をなさいと申すのに』
『さ、殺されても痛かあない。ちつとも動きやしないから、大丈夫だよ。切つても可』
祕密、高峰樣、殺死、斬、夫人の心状、之を掌に指すが如し『切つても可』一語傍人を悚…

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