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先生の顔
せんせいのかお |
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作品ID | 45632 |
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著者 | 竹久 夢二 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「童話集 春」 小学館文庫、小学館 2004(平成16)年8月1日 |
入力者 | 田中敬三 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2005-10-03 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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1
それは火曜日の地理の時間でした。
森先生は教壇の上から、葉子が附図の蔭にかくれて、ノートへ戯書をしているのを見つけた。
「葉子さん、そのノートを持ってここへお出でなさい」不意に森先生が仰有ったので、葉子はびっくりした。
葉子は日頃から成績の悪い生徒ではありませんでした。けれど鉛筆と紙さえ持つと、何時でも――授業の時間でさえも絵を画きたがる癖がありました。今も地理の時間に、森先生の顔をそっと写生していたのでした。そして葉子は森先生を大変好きでした。
森先生に呼ばれて、葉子はそのノートを先生の前へ出した。先生はすこし厳い顔をしてノートを開けて御覧になった。するとそこには、先生の顔が画いてあった。
森先生は、それをお読みになって、笑いたいのを我慢して、やっとこう仰有った。
「今日は許してあげますけれど、これからは他の時間に絵を画いてはいけませんよ。これは私が預っておきます」
葉子はお辞儀をして静かに自分の席へつくと、教壇の方を見あげた。けれど森先生は、決して葉子の方を御覧にならなかった。葉子にはそれが心配でならなかった。
やがて授業時間がすむのを待ちかねて、生徒達は急いで家へ帰っていった。葉子は一番最後に学校の門を出て、たったひとり帰ってきた。途途にも今日の地理の時間のことが心を放れなかった。
2
つぎの日、葉子はすこし早めに家を出て、森先生のいつも通っていらっしゃる橋の上で先生を待っていた。やがて先生は、光子という同級の生徒と連れだって歩いていらした。葉子は丁寧にお辞儀をした。先生は何事もなかった前のように、にこやかに「おはよう」を仰有った。それで葉子は、ほっと安心した。そしてうれしさに忙しくて、悪い気ではなく光子に「おはよう」を言うのを忘れていた。
「葉子さんおはよう!」光子はわざと意地悪く葉子の前へ突立ってお辞儀をした。そして「葉子さん、今日は廻り道をしていらしたのね」
と光子は科めるように言った。葉子は日頃から意地の悪い光子が好きでなかった。
「ええ」と葉子はおとなしく答えた。
森先生は、葉子のリボンをなおしてやりながら、
「葉子さんのお宅は山の方でしたねえ。お宅の近所の野原には沢山に草花が咲いていてどんなにか好いでしょうね」
「先生はあんな田舎の方がお好きですか」
「ええ、毎日でもゆきたいと思いますわ」
「先生、私の宅へいつかいらっしゃいましな。そりゃあ綺麗な花があるの。だって、葉子さんのお宅の庭よかずっと広いんですもの」
光子が勢こんで言ったけれど、誰もそれには答えなかった。
3
つぎの日も、そのつぎの日も、葉子は森先生を橋の上で待合して学校へ行った。けれどノートの事については何にも仰有らなかった。葉子もそれをきこうとはしなかった。
光子は葉子が先生と一緒に学校へ来るのが妬しくてならなかった。そ…