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都の眼
みやこのめ
作品ID45633
著者竹久 夢二
文字遣い新字新仮名
底本 「童話集 春」 小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日
入力者田中敬三
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-10-03 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 留吉は稲田の畦に腰かけて遠い山を見ていました。いつも留吉の考えることでありましたが、あの山の向うに、留吉が長いこと行って見たいと思っている都があるのでした。
 そこには天子様のお城があって、町はいつもお祭りのように賑かで、町の人達は綺麗な服をきたり、うまいものを食べて、みんな結構な暮をしているのだ。欲しいものは何でも得られるし、見たいものはどんな面白いものでも、いつでも見ることが出来るし、どこへゆくにも電車や自動車があって、ちょっと手を挙げると思うところへゆけるのだ。
 おなじ人間に生れながら、こんな田舎で、朝から晩まで山ばかり見て暮すのはつまらない。いくら働いても働いても、親の代から子の代まで、いやおそらくいつまでたっても、もっと生活がよくなることはないだろう。牛や馬の生活と異ったことはない。たとえ馬であっても都で暮して見たいものだ。広い都のことだから、馬よりはすこしはましな生活が出来るだろう。留吉はそう考えると、もうじっとしていられないような気がするのでした。
 それから三日目の朝、留吉は都の停車場へ降りていました。絵葉書や雑誌の写真で見て想像はしていたが、さて、ほんとうに都へ来てみると、どうしてこんなに沢山な人間が、集っているのだろう、そしてなんのためにこの大勢の人間は忙しそうにあっちこっちと歩いているのだろう。ちょっと立っている間にさえ、自動車が二十台も留吉の前を走って行きました。
 唐草模様のついた鞄一つさげた留吉は、右手に洋傘を持って、停車場を出て、歩きだしました。
「おいおい危い!」腕に青い布をつけた巡査がそう言って、留吉を電車線路から押しだして、路よりもすこし小高くなった敷石の上へ連れていって、「電車に乗るなら、ここで待っていて下さい」と言いました。
 そこには立札があって「帯地全く安し」と書いてあるのです。留吉は「呉服屋の広告だな」と思いましたが、帯地の安いことは留吉には用のないことでした。それよりも、今夜留吉はどこへ寝たら好いだろうと考えました。
 留吉は、小学校時代の友達で、村長の次男がいま都に住んで好い位置を得てくらしていることを思出しました。
 卒業試験の時、算術の問題を彼に教えてやったことがあるから、訪ねてゆけば、彼もあの時の友情を思出すに違いない。留吉は、昔馴染の友達の住所をやっと思出しました。
 そこは山の手の高台で、門のある家がずらりと並んでいるのでした。
 二十四番地、都は掛値をする所だから、なんでも半分に値切って、十二番地、だなんて、村で物識の老人がいつか話してくれたのを思い出したが、まさかそれは話だと、留吉は考えました。
 さて、二十四番地はどこだろう。
 細っこい白い木柵に、紅い薔薇をからませた門がありました。石を畳みあげてそのうえにガラスを植えつけた塀がありました。またある所には、まるで西洋菓子のようにべたべたい…

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