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嘘の効用
うそのこうよう
作品ID45642
著者末弘 厳太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「役人学三則」 岩波現代文庫、岩波書店
2000(平成12)年2月16日
初出「改造」1922(大正11)年7月号
入力者sogo
校正者染川隆俊
公開 / 更新2007-12-03 / 2014-09-21
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 法律以外の世界において一般に不合理なりとみなされている事柄がひとたび法律世界の価値判断にあうや否やたちまちに合理化されるという事実はわれわれ法律学者のしばしば認識するところである。そうして私はそこに法律の特色があり、また国家の特色があると考えるがゆえに、それらの現象の蒐集および考察が、法律および国家の研究者たる私にとって、きわめて有益であり、また必要であることを考える。その意味において、私は数年このかた「法律における擬制」(legal fiction, Rechtsfiktion)の研究に特別の興味を感じている。そうして本文は、実にその研究の中途においてたまたま生まれた一つの小副産物にすぎない。これはもと慶応義塾大学において講演した際の原稿に多少の筆を加えて出来上ったものであって、雑誌『改造』の大正一一年七月号に登載されたものである。
[#改ページ]

       一

 われわれは子供のときから、嘘をいってはならぬものだということを、十分に教えこまれています。おそらく、世の中の人々は――一人の例外もなくすべて――嘘はいってはならぬものと信じているでしょう。理由はともかくとして、なんとなく皆そう考えているに違いありません。「嘘」という言葉を聞くと、われわれの頭にはすぐに、「狼がきたきた」と、しばしば嘘をついたため、だんだんと村人の信用を失って、ついには本当に狼に食われてしまった羊飼の話が自然と浮かび出ます。それほど、われわれの頭には嘘をいってはならぬということが、深く深く教えこまれています。
 ところが、それほど深く刻みこまれ、教えこまれているにもかかわらず、われわれの世の中には嘘がたくさん行われています。やむをえずいう嘘、やむをえるにかかわらずいう嘘、ひそかにいわれ陰に行われている嘘、おおっぴらに行われている嘘、否時には法律によって保護された――したがってそれを否定すると刑罰を受けるようなおそろしい――嘘までが、堂々と天下に行われているほど、この世の中には、種々雑多な嘘が無数に行われています。
 実をいうと、全く嘘をつかずにこの世の中に生き長らえることは、全然不可能なようにこの世の中ができているのです。
 そこで、われわれお互いにこの世の中に生きてゆきたいと思う者は、これらの嘘をいかに処理すべきか、というきわめて重大なしかもすこぶる困難な問題を解決せねばなりません。なにしろ、嘘をついてはならず、さらばといって、嘘をつかずには生きてゆかれないのですから。

       二

 私は法律家です。ですから、専門たる「法律」以外の事柄については――座談でならばとにかく――公けに、さも先覚者ないし専門家らしい顔をして、意見を述べる気にはなれません。法律家は「法律」の範囲内にとどまるかぎりにおいてのみ「専門家」です。ひとたびその範囲を越えるとただちに「素人」にな…

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