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バキチの仕事
バキチのしごと
作品ID45659
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「ポラーノの広場」 角川文庫、角川書店
1996(平成8)年6月25日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-09-03 / 2023-07-08
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「ああそうですか、バキチをご存じなんですか。」
「知ってますとも、知ってますよ。」
「バキチをご存じなんですか。
 小学校でご一緒ですか、中学校でご一緒ですか。いいやあいつは中学校なんど入りやしない。やっぱり小学校ですか。」「兵隊で一緒です。」
「ああ兵隊で、そうですか、あいつも一等卒でさね、どうやってるかご存じですか。」「さあ知りません。隊で分れたきりですから。」
「ああ、そうですか、そいじゃ私のほうがやっぱり詳しく知ってます。この間まで馬喰をやってましたがね。今ごろは何をしているか全く困ったもんですよ。」
「どうして馬喰をやめたでしょう。」
「だめでさあ、わっしもずいぶん目をかけました。でもどうしてもだめなんです。あいつは隊をさがってからもとの大工にならないで巡査を志願したのです。」「そして巡査をやったんですか。」
「それぁやりました。けれども間もなくやめたんです。」
「どうしてやめたんだろうなあ、何でも隊に来る前は、大工でとにかく暮していたと云うんですが。」
「それゃうそでさあ大工もほんのちょっとです。土方をやめてなったんです。その土方もまたちょっとです。それから前は知りません。土方ばかりじゃありません、飴屋もやったて云いますよ。」
「巡査をどうしてやめたんです。」「あんな巡査じゃだめでさあ、あのお神明さんの池ね、あすこに鯉が居るでしょう、県の規則で誰にもとらせないんです。ところが、やっぱり夜のうちに、こっそり行くものがあるんです。それぁきっとよく捕れるんでしょう。バキチはそれをきいたのです。毎晩お神明さんの、杉のうしろにかくれていて、来るやつを見ていたそうです、そしていよいよ網を入れて鯉が十疋もとれたとき、誰だっこらって出るんでしょう、魚も網も置いたまま一目散に逃げるでしょうバキチは笑ってそいつを持って警察の小使室へ帰るんです。」「変だねえ、なるほどねえ。」「何でも五回か六回かそんなことがあったそうです。そしたらある日署長のとこへ差出人の名の書いてない変な手紙が行ったんです。署長が見たら今のことでしょう、けれども署長は笑ってました。なぜって巡査なんてものは実際月給も僅かですしね、くらしに困るものなんです。」「なるほどねえ、そりゃそうだねえ。」
「ところがねえ、次が大へんなんですよ、耕牧舎の飼牛がね、結核にかかっていたんですがある日とうとう死んだんです。ところが病気のけだものは死んだら棄てなくちゃいけないでしょう。けれども何せ売れば二、三百にはなるんです。誰だって惜しいとは思います。耕牧舎でもこっそりそれを売っているらしいというんです。行って見て来いってうわけでバキチが剣をがちゃつかせ、耕牧舎へやって来たでしょう。耕牧舎でもじっさい困ってしまったのです。バキチが入って行きましたらいきなり一疋の牛を叩いてあばれさせました。牛もびっくりしましたね、いきなり…

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