えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
無題
むだい |
|
作品ID | 45690 |
---|---|
著者 | 太宰 治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「太宰治全集10」 ちくま文庫、筑摩書房 1989(平成元)年6月27日 |
初出 | 「現代文学 第五巻第七号」1942(昭和17)年6月28日 |
入力者 | 増山一光 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2006-03-15 / 2016-07-12 |
長さの目安 | 約 1 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
大井広介というのは、実にわがままな人である。これを書きながら、腹が立って仕様が無い。十九字二十四行、つまり、きっちり四百五十六字の文章を一つ書いてみろというのである。思い上った思いつきだ。僕は大井広介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨も無かった筈だが、どういうわけか、このような難題を吹きかける。実に、困るのだ。大井君、僕は野暮な男なんだよ。見損っているらしい。きっちり四百五十六字の文章なんて、そんな気のきいた事が出来る男じゃないんだ。「とても書けない」と言って、お断りしたら、「それは困る。こっちの面目丸つぶしです」と言って来た。「丸つぶれ」でなく、「丸つぶし」と言っているのも妙である。これでは僕が、大井広介の面目を踏みつぶした事になる。ものの考えかたが、既に常人とちがっている。実に、不可解な人である。僕は、いったい、なんの因果で、四百五十六字という文章を書かなければいけないのか。原稿用紙を三十枚も破った。稿料六十円を請求する。バカ。いま払えなかったら貸して置く。