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活人形
いきにんぎょう
作品ID45698
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「天狗笑い」 晶文社
1978(昭和53)年4月15日
入力者田中敬三
校正者川山隆
公開 / 更新2007-02-03 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし、インドに、ターコール僧正というえらいお坊さまがいました。むずかしい病気をなおしたり鬼をおいはらったり、ときには、死人をよみがえらしたりするほど、ふしぎな力をそなえていられるという評ばんでした。そしてたいへん慈悲深くて、なんでも貧乏な人たちにめぐんでやり、自分は、弟子の若いお坊さんと二人きりで、大きな、ぼだい樹のそばの小さな家に、つつましく暮していました。
 そのターコール僧正が、ある日、庭のぼだい樹のこかげのベンチに腰をおろして、休んでいますと、みすぼらしいなりをした、年とった男がたずねてきました。悲しそうなおどおどしたようすで、僧正様にお祈りをしていただきたいと申すんです。
「お祈りはわたしの仕事だ。してあげましょう」とターコール僧正は答えました。
 男はしばらくもじもじしていましたが、顔をふせていました。
「お礼のお金をもっておりませんが、ただでお祈りをしてくださいましょうか」
「お祈りはわたしの仕事だ。お金がなくてもしてあげましょう」を僧正は答えました。
 男はしばらくして、またいいました。
「ここではございません。わたくしどもの宿まできてお祈りをしてくださいましょうか」
「お祈りはわたしの仕事だ。行ってあげましょう」と僧正は答えました。
 男はしばらくしてまたいいました。
「わたくしのためにではございません。人間のためにではございません。こわれかけた大きな人形が一つございます。そのためにお祈りをしてくださいましょうか」
「お祈りはわたしの仕事だ。その人形のためにしてあげましょう」と僧正は答えました。
 男はうれしそうに、眼をかがやかして、僧正の顔をながめていいました。
「ほんとうでございますか」
「お祈りはわたしの仕事だ」と僧正はほほえんで答えました。「一文もお金をもらわないでも、あなたの宿まで行って、そのこわれかけた人形のために、お祈りをしてあげましょう」

     二

 大きなぼだい樹のあるターコール僧正の家から、一里ばかりはなれた町のはずれに、きたない宿屋がありました。見すぼらしい年とった男は、そこへ僧正を案内してきました。そしてみちみち、僧正へ自分の身の上を話しました。
 彼はコスモといって、女房のコスマと二人で、諸国をへめぐっている人形使でした。天気のよい日町や村の広場に人をあつめて、コスモが人形を踊らせ、コスマがマンドリンをひいて、いくらかのお金をもらい、そして方々旅をしてあるいているのでした。ところが、そういう生活は時がたつにつれて、はじめほど面白いものではなくなってきました。天気は毎日晴れるものではありませんし、お金はいつももらえるとはきまりません。それに方々の土地も見つくしてしまいました。だんだん年もとってきました。人形もこわれかけました。いっそ故郷へ帰って、そこで百姓をしてる息子のところで、残った生が…

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