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人形使い
にんぎょうつかい
作品ID45701
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「天狗笑い」 晶文社
1978(昭和53)年4月15日
入力者田中敬三
校正者川山隆
公開 / 更新2007-02-03 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし、ある田舎の小さな町に、甚兵衛といういたって下手な人形使いがいました。お正月だのお盆だの、またはいろんなお祭りの折に、町の賑やかな広場に小屋がけをして、さまざまの人形を使いました。けれどもたいへん下手ですから、見物人がさっぱりありませんで、非常に困りました。「甚兵衛の人形は馬鹿人形」と町の人々はいっていました。
 甚兵衛は口惜しくてたまりませんでした。それでいろいろ工夫をして、人形を上手に使おうと考えましたが、どうもうまくゆきません。しまいには、もう神様に願うよりほかに、仕方がないと思いました。
 どの神様がよかろうかしら、と甚兵衛はあれこれ考えてみました。町にはいくつも神社がありましたが、上手に人形を使うことを教えてくださるようなのは、どれだかわかりませんでした。さんざん考えあぐんだ末、いっそ人のあまり詣らぬ神社にしようと、一人できめました。
 町の裏手に山がありまして、その山の奥に、淋しい神社が一つありました。甚兵衛は毎日、そこにお詣りをしました。あたりには大きな杉の木が立ち並んでいて、昼間でも恐ろしいようなところでした。けれども甚兵衛は一心になって、どうか上手な人形使いになりますようにと、神様に願いました。
 ある日のこと、甚兵衛はいつものとおりに、その神社の前に跪いて、長い間お祈りをしました。そしてふと顔をあげてみますと、自分のすぐ眼の前に、真黒なものがつっ立っていました。甚兵衛はびっくりして、あっ! といったまま、腰を抜さんばかりになって、そこに倒れかかりました。するとその真黒なものが、からからと笑いました。甚兵衛は二度びっくりして、よくよく眺めますと、それは一匹の猿でした。
「甚兵衛さん、甚兵衛さん」と猿はいいました。
 甚兵衛は口をあんぐり開いたまま、猿の顔を眺めていました。それを見て猿はまた笑いだしながら、いい続けました。
「甚兵衛さん、なにもびっくりなさることはありません。私はこの神社に長く住んでいる猿でありますが、人間のように口を利くこともできますし、どんなことでもできます。あなたが毎日熱心にお祈りなさるのを感心して、上手に人形を使うことを教えてあげたいと思って、ここにでてまいったのです。けれどもその前に、あなたに一つお頼みしたいことがありますが、聞いてくださいますか」
 そういう猿の声がたいへんやさしいものですから、甚兵衛もようよう安心しました。そして答えました。
「お前さんが私を上手な人形使いにしてくれるなら、頼みを聞いてあげよう」
 そこで猿はたいそう喜びまして、頼みの用をうち明けました。用というのは、大蛇を退治することでした。いつの頃からか、山に大蛇がでてきまして、いろんな獣を取っては食べ、猿の仲間までも食べ初めました。それでこの猿は、さまざまに工夫をこらして、大蛇を山から逐い払おうとしましたが、どうしても…

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