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木枯の酒倉から
こがらしのさかぐらから
作品ID45711
副題聖なる酔っ払いは神々の魔手に誘惑された話
せいなるよっぱらいはかみがみのましゅにゆうわくされたはなし
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾選集 第一巻小説1」 講談社
1982(昭和57)年7月12日
初出「言葉 第二号」1931(昭和6)年1月1日
入力者高田農業高校生産技術科流通経済コース
校正者富田晶子
公開 / 更新2016-11-12 / 2016-10-28
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

発端

 木枯の荒れ狂う一日、僕は今度武蔵野に居を卜そうと、ただ一人村から村を歩いていたのです。物覚えの悪い僕は物の二時間とたたぬうちに其の朝発足した、とある停車場への戻り道を混がらがせてしまったのですが、根が無神経な男ですから、ままよ、いい処が見つかったらその瞬間から其処へ住んじまえばいいんだ、住むのは身体だけで事足りる筈なんだからとそう決心をつけて、それからはもう滅茶苦茶に歩き出したんです。ところが案外なもので(えてして僕のやることは失敗に畢るものですから)、見はるかす武蔵野が真紅に焼ける夕暮れという時分に途方もなく気に入った一つの村落を見つけ出したのです。夢ではないかと悦んで思わず快心の笑みを洩して居りますと村端れの一軒に突然物の破ける音がして、やがて荒れ狂う木枯にふわりと雨戸が一枚倒れるのを見ましたが、次の瞬間には真っ黒な塊が弾丸のように転げ出て、僕の方へまっしぐらに駈け寄ってくるのです。近づくのをよく見ますと、いやに僕によく似た――背が高く、毛髪は茫々とし、顔色は蒼白で、駈けてきた所為でもありましょうが、何となく疲労の色が額に漂っていて、妙チキリンなピジャマを着ているんです。一体こいつほんとに気狂いかしら、と無論僕はそう思いついたのですが、広い武蔵野の真ん中で紅々とただ二人照し出されてみますと、この怪物がばかに親密に見えるものですから、君、君、と僕は通りすぎるこの怪物を呼びとめました。ところがこの周章て者は僕の声などてんで耳に這入らないらしく尚も一散に弾となり地平線の向う側へ飛び去りそうに見えたものですから、僕も亦とっさにわあっというと一本の線になってこの男の跡を追いかけるような次第になったのですが――大根の四五本ぬき棄てられてある横っちょのあたりでやっとこの周章て者の腰のところへ武者振りつくと勢あまって二人諸共深々と黒い土肌へめり込んでしまったのです。顔の半ぺたを土にしてフウフウと息をつきながら夢からさめたもののようにポカンとしているこの周章て者に僕は又とぎれとぎれに詫を述べ、如何なる必然と偶然の力がかかる結果を招致するに至ったものであるかということを順を追うて説明いたしました。
 ――結局君はこの村に貸間又は貸家が存在するであろうかということを僕にききたかったんだね。
 と、話してみれば物分りのいい男で、心臓の動悸がようやくに止ったらしく、こう(顔の半ぺたを土にして)反問するのです。
 ――そうです、何か御心当りがありますかしら。
 と、僕はもうひどくこの周章て者に好意を感じ出していたのですが、物のはずみで拾いあげた大根をなで廻しながらこんな風にきいたのです。するとこの男は僕の言うことが呑み込めないのでしょうか(えて哲人は食物を食べるその理窟さえ分らないものだと言いますから)怪訝な顔をして、
 ――無いこともないが、かりにあったとして、君はそれ…

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