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長島の死
ながしまのし
作品ID45742
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾選集 第十巻エッセイ1」 講談社
1982(昭和57)年8月12日
初出「紀元」1934(昭和9)年2月号
入力者高田農業高校生産技術科流通経済コース
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-08-23 / 2022-06-03
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 長島に就て書いてみたところが、忽ち百枚を書いたけれども、重要なことが沢山ぬけているような気がして止してしまった。長島は私の精神史の中では極めて特異な重大な役割を持っているので、私の生きる限りは私の中に亡びることがないのである。従而、今あわただしく長島の全てに就て書き尽すまでもなく、これからの生涯に私の書くところの所々に於て、陰となり流れとなって書き尽されずには有り得ないのであろう。今は簡単に長島の死に就て書くことにする。

 私の知っているだけでも、長島は三度自殺を企てた。その都度、遺書、或いは死に関する感想風のものを受けとるのは私の役目――全く役目のようなものであったし、同時にその家族に依頼を受けて、死に損った長島と最初の話を交すのも私の役目であった。考えてみると、実に根気よく自殺を企て、根気よく失敗したものだと思う。無論、酔狂や狂言の自殺ではなかったのである。一度は信濃の山奥の宿で、これは首を吊ったのだが、縄が切れて、血を吐いて気を失って倒れているのを発見された。次には横須賀の旅籠で、次には自宅で。これは致死量以上の劇薬を嚥みすぎて結局生き返ったのである。このほかにもやっていないとは言えない。一週間ばかりというもの、連日つづけさまに死に就ての已に錯乱した感想を受けとった記憶が二度ばかりあるが、その結果がどうなったことやら私は忘れた。とにかく、毎年春になると一種の狂的な状態になるのである。これは如何ともなしがたい生理的な事柄であるから、仕方がなかった。
 私は彼のように「追いつめられた」男を想像によってさえ知ることが出来ないように思う。その意味では、あの男の存在は私の想像力を超越した真に稀な現実であった。尤も何事にそうまで「追いつめられた」かというと、そういう私にもハッキリとは分らないが、恐らくあの男の関する限りの全ての内部的な外部的な諸関係に於て、その全部に「追いつめられて」いたのだろうと思う。たとい恋をかちえても、名声をかちえても、産をなしても、恋を得たことによって名声を得たことによって一人あくことなく追いつめられずには止まないたちの、宿命として何事によらず追いつめられるたちの男であったのだろうと考えている。彼の死にあい、さて振返ってみると、実に凄惨な男であったと言わざるを得ない。彼ほど死を怖れた人間も尠いのであろう。彼の自殺といえども所詮は生きたいためであった。彼もそれを百も承知していたが、彼の生涯を覆うた一種奇怪なポーズは、彼を自殺へ走らせずにはやまなかった。全く、彼の奇怪なポーズは私の想像能力をも超えているかに思われる。殆んど現実の凡ゆる解釈を飛びこえて、不可解な宿命へまで結びついているとしか考えられない。
 丁度このクリスマスの前夜に、また長島の危篤の電報を受けとった。ところが、十二月の初めに、四五通のやや錯乱した手紙とここへ載せてある「エス…

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