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あたまでっかち
あたまでっかち
作品ID45757
著者下村 千秋
文字遣い新字新仮名
底本 「赤い鳥代表作集 3」 小峰書店
1958(昭和33)年11月25日第1刷
初出「赤い鳥」1935(昭和10)年2~4月
入力者林幸雄
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-04-24 / 2014-09-16
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 霞ガ浦といえば、みなさんはごぞんじでしょうね。茨城県の南の方にある、周囲百四十四キロほどの湖で、日本第二の広さをもったものであります。
 日本第一の近江のびわ湖は、そのぐるりがほとんど山ですが、霞ガ浦は関東平野のまんなかにあるので、山らしい山は、七、八里はなれた北の方に筑波山が紫の色を見せているだけで、あとはどこを見まわしても、なだらかな丘がほんのり、うす紫に見えているばかりであります。
 ですから、この湖の景色は、平凡といえば平凡ですが、びわ湖のように、夏、ぐるりの山の上に夕立雲がわいたり、冬、銀色の雪が光ったりすると、少しすごいような景色になるのとはちがって、春夏秋冬、いつもおだやかな感じにつつまれています。びわ湖を、厳格なおとうさんとすれば、霞ガ浦は、やさしいおかあさんのようだともいえるでしょう。この湖の周囲には、土浦、石岡、潮来、江戸崎などという町々のほかに、たくさんの百姓村が、一里おき二里おきにならんでいます。大むかし、人間は波のおだやかな海岸とか、川の岸とか、湖のまわりなどに一番さきすんだものですから、このおかあさんのようなやさしい霞ガ浦のまわりには、もちろんずっと大むかしから人がすんでいたのです。いまでも、方々から貝塚がほりだされたり、矢の根石やいろんな石器が発見されたりするのでも、それがわかります。
 それで、百姓村でもずいぶんふるい歴史をもった村があり、何十代つづいたかわからないような百姓家が、方々に残っているわけです。
 林太郎の村も、このふるい歴史をもった村のひとつでした。湖の南の岸の丘の上にあって、戸数は五十戸ばかりでした。また林太郎の家も何十代つづいたかわからないという旧家で、村の一番北のはずれに、霞ガ浦を見下して、大きなわら屋根をかぶっていました。
 しかし、旧家というのは名ばかりで、いまでは、屋敷まわりの大きな杉林はきりはらわれ、米倉はとりこわされ、馬もいないうまやと、屋根に草がぼうぼうにはえた納屋があるきりの、貧乏な百姓となっていました。同じ村の百姓も年々貧乏になっていきましたが、林太郎の家は村一番の旧家であるうえに、むかしは「名主」というのをつとめ、十年前ごろまでは村の、「総代」というのをやっていただけ、その貧乏がひじょうにめだつのでした。
 林太郎のおじいさんは、それを年中苦にしていて、
「せめて子どもでも大ぜいいたら、にぎやかでいいのだが、林太郎ひとりきりだから、よけいに家の中がめいるばかりだ。」
といっていました。林太郎はことし十一才で、小学校の五年生になっていましたが、弟も妹もなく、まったくの一粒っ子なのでした。あとは、おとうさんとおかあさんとおじいさんの三人きりでしたから、がらんとした広い暗い家の中にいると、人はどこにいるかわからないほどで、まったく陰気だったのです。



 さて、ひとりっ子というものは…

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