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長島の死
ながしまのし
作品ID45815
著者坂口 安吾
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 01」 筑摩書房
1999(平成11)年5月20日
初出「紀元 第二巻第二号」1934(昭和9)年2月1日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-06-15 / 2022-06-03
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 長島に就て書いてみたところが、忽ち百枚を書いたけれども、重要なことが沢山ぬけてゐるやうな気がして止してしまつた。長島は私の精神史の中では極めて特異な重大な役割を持つてゐるので、私の生きる限りは私の中に亡びることがないのである。従而、今あわただしく長島の全てに就て書き尽すまでもなく、これからの生涯に私の書くところの所々に於て、陰となり流れとなつて書き尽されずには有り得ないであらう。今は簡単に長島の死に就て書くことにする。

 私の知つてゐるだけでも、長島は三度自殺を企てた。その都度、遺書、或ひは死に関する感想風のものを受けとるのは私の役目――全く役目のやうであつた――であつたし、同時にその家族に依頼を受けて、死に損つた長島と最初の話を交すのも私の役目であつた。考へてみると、実に根気よく自殺を企て、根気よく失敗したものだと思ふ。無論、酔狂や狂言の自殺ではなかつたのである。一度は信濃の山奥の宿で、これは首を吊つたのだが、縄が切れて、血を吐いて気を失つて倒れてゐるのを発見された。次には横須賀の旅籠で、次には自宅で。これは致死量以上の劇薬を嚥みすぎて結局生き返つたのである。このほかにもやつてゐないとは言へない。一週間ばかりといふもの、連日つづけさまに死に就ての已に錯乱した感想を受けとつた記憶が二度ばかりあるが、その結果がどうなつたことやら私は忘れた。とにかく、毎年春になると一種の狂的な状態になるのである。これは如何ともなしがたい生理的な事柄であるから、仕方がなかつた。
 私は彼のやうに「追ひつめられた」男を想像によつてさへ知ることが出来ないやうに思ふ。その意味では、あの男の存在は私の想像力を超越した真に稀な現実であつた。尤も何事にさうまで「追ひつめられた」かといふと、さういふ私にもハッキリとは分らないが、恐らくあの男の関する限りの全ての内部的な外部的な諸関係に於て、その全部に「追ひつめられて」ゐたのだらうと思ふ。たとひ恋をかちえても、名声をかちえても、産をなしても、恋を得たことによつて名声を得たことによつて一人あくことなく追ひつめられずには止まないたちの、宿命として何事によらず追ひつめられるたちの男であつたのだらうと考へてゐる。彼の死にあひ、さて振返つてみると、実に凄惨な男であつたと言はざるを得ない。彼ほど死を怖れた人間も尠いのであらう。彼の自殺といへども所詮は生きたいためであつた。彼もそれを百も承知してゐたが、彼の生涯を覆ふた一種奇怪なポーズは、彼を自殺へ走らせずにはやまなかつた。全く、彼の奇怪なポーズは私の想像能力をも超えてゐるかに思はれる。殆んど現実の凡ゆる解釈を飛びこえて、不可解な宿命へまで結びついてゐるとしか考へられない。
 丁度このクリスマスの前夜に、また長島の危篤の電報を受けとつた。ところが、十二月の初めに、四五通のやや錯乱した手紙とここへ載せてある「…

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