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波子
なみこ |
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作品ID | 45862 |
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著者 | 坂口 安吾 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「坂口安吾全集 03」 筑摩書房 1999(平成11)年3月20日 |
初出 | 「現代文学 第四巻第七号」大観堂、1941(昭和16)年8月28日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2008-11-10 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 37 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「死花」といふ言葉がある。美しい日本語のひとつである。伝蔵自身が、さう言ふ。さうして、伝蔵が、死花を咲かせるなどと言ひだしたのは、波子の嫁入り話と前後してゐた。
五十をいくつも越してゐない年であるから、まだ、死花には早やすぎる。けれども、芝居もどきの表現が好きな父で、その一生も芝居もどきでかためてきたから、うつかり冗談だと思つてゐると、いつ、何をやりだすか分らない。けれども、波子は、ばからしかつた。やる気なら、黙つて、さつさとやりなさい、と思つた。
母も、やつぱり、ばからしがつてゐると見え、苦笑しながら、父をたしなめてゐる。けれども、母は、やがて、泣きだしさうな顔になつたり、失笑したり、表情を失なつてしまつたりする。すると、伝蔵は、怒つたやうな声になる。先に黙つてしまふのは、母であつた。
それを見物してゐる波子は、母が気の毒だとは思はずに、父が可哀さうになるのであつた。年寄の冷水はおよしなさい。今更家名に傷をつけたり、財産を失ひでもすれば、波子たちが可哀さうではありませんか、と、大概最後にいつぺんは、母がかういふ。それをきくと、波子は、必ず、腹が立つた、私のことなら、余計なお世話よ、と、波子は肚に呟くのである。
死花を咲かせるとは、どういふことだらう。母に訊いてみる。投機に手を出すことだ、と母は言ふ。又、代議士になりたいのだ、と言ふこともある。ボロ鉱山を買ふ気なのだ、と言ふこともあつた。要するに、母にも、異体が知れないのである。
伝蔵は、仕事盛りの年頃には小胆で、これといふ大きなことはしなかつたから、大きな失敗もなかつたが、時々、投機や政治や事業に小さくチビ/\と手を出して、合せてみると、相当大きく先祖代々の財産をすりへらした。女遊びもし、さういふことでも、大概、手切金をまきあげられて、先祖代々の財産をへらした。
長男を北アルプスの遭難で失つたのが、七年前で、そのとき、彼の生活が、一応、ガラリと変つたのである。
投機も、やめてしまつた。政治も、やめた。女遊びも、やめたのである。酒さへ量が少くなつて、めつきり、老けてしまつたのである。
万葉集だの、徒然草だの、芭蕉だのといふものを耽読して、俄か隠居の生活をやりはじめ、紅葉狩だの寺詣だの名所遊歴といふやうなことに凝りはじめ、波子も、稀には、お供をした。女房子供をひきつれて、諸国の料理を食べ歩いてきたことなどもあつた。金のかゝることゝ言へば、書画骨董の類くらゐで、結婚して二十五年、はじめて安心したなどと、母の言ふのを、波子はきいた。
「山にみまかりし我子にさゝぐ」といふ歌があつて、開巻一番、
さんま食ひてなれ思ふ秋もふけにけりわが泣く声に山もうごかん
などゝ詠んでゐる。
山はさけ海はあせなん、といふ名高い歌は、波子もかねて知つてゐたが、さんまを食つて泣き山をゆりうごかしてや…